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2018/10/24

品川神社

品川区北品川にある神社。東京神社庁の公式ページによれば創建は文治三年(1187年)に、源頼朝が海上交通安全と祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請したのが始まりで品川大明神と称したとされる。


その後は後醍醐天皇の御世(1319年)に当国の守護職二階堂出羽入道道蘊(貞藤)が、五穀豊鏡・産業発展を祈って宇賀之売命を勧請し、文明十年(1478年)六月に太田道灌が、風水害、疫病退散を祈り牛頭天王を勧請した。


社名が現在の品川神社になったのは明治からで、新編武蔵風土記稿には稲荷社と記されていた。品川神社は北品川宿、荏原神社は南品川宿の鎮守を担っていて両社は朱印地争いを起こすほど対立していたらしい。


境内は京浜急行「新馬場駅」から第一京浜を渡ってすぐの場所にある。一の鳥居は昇龍・降龍が彫られた双龍鳥居で、阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社と宿鳳山高円寺境内の稲荷社のものと合わせ東京三鳥居と言われる。


一の鳥居から石段を上っていくと二ノ鳥居が見えるが、途中の左手には浅間神社の富士塚につながる入口がある。二ノ鳥居の先にはさらに鳥居があり、右手に神楽殿が見える。参道を進んで拝殿手前左手に手水舎がある。


拝殿の右手奥には境内社の阿那稲荷神社が鎮座し、さらに右奥に進むと別の社殿と八百萬神社・大國主恵比須神社・天王白龍辨財天社の祠が並ぶ。またその横には「一粒萬倍の泉」という御神水があり、お金を洗うと万倍になると言われる。


御朱印は拝殿左手にある社務所の玄関を少し入ったところに窓口があるのでそこで御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。なお品川神社は東京十社の一つに数えられるが、東海七福神めぐり発祥の碑もあり、当社には大黒天が祀られている。



2018/10/04

根津神社

文京区根津にある神社で景行天皇の御代日本武尊が駒込の地に創祀し、文明年間(1469~1487年)に太田道灌が社殿を奉建したとされる。御祭神は須佐之男命・大山咋命・誉田別命で東京十社の一つに数えられる。


主祭神の須佐之男命は災厄除け・厄祓いのご利益が期待できるが、相殿神として大国主命・菅原道真公が祀られているため縁結び・商売繁盛、学問・合格祈願にもご利益があるとされる。


東京メトロ千代田線の千駄木または根津駅からも、南北線の東大前駅からも徒歩で約5分程度の距離に境内がある。不忍通り沿いを歩き根津神社入口の交差点が見えたら道を置くに入れば表参道につながる。


鳥居をくぐり参道を進んでいくと神橋があり、その先に楼門、右手に舞殿を見ながら唐門に至る。門をくぐると正面に社殿が確認できる。社務所は客殿として舞殿の右奥にあるが透塀の中に授与所がある。


現在の社殿は宝永三年(1706年)五代将軍徳川綱吉が造影したもので、社殿の他に唐門、透塀、楼門等すべてが戦災から逃れて現存。国の重要文化財に指定されていて外国人観光客も数多く訪れる。


楼門の手前を左側に上っていくと境内社の乙女稲荷神社につながる千本鳥居が連なり、さらにその先に進むと駒込稲荷も鎮座する。途中には庚申塔や力石、賽の大神碑もあり見どころが多い。


春には100種3000株が咲き誇るつつじ苑で文京つつじまつりが開催され、7000坪ある境内が人で埋め尽くされるほど賑わう。平常日に訪れるのは今回が初めてだったためゆっくり散歩ができて大変良かった。


なお御朱印は授与所で拝受できる。御朱印帳を窓口で渡して書き上がるのを待つ形式で、オリジナルの御朱印帳もあるようだ。授与所の入口に御朱印の案内表示があるのでわかりやすい。


2018/09/28

赤坂氷川神社

港区赤坂にある神社で天暦五年(951年)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られたのが始まりで、その100年後の治歴二年、関東に大旱魃が発生した際に降雨を祈願するとその験があったとされる。


江戸時代には幕府からの尊信が篤く徳川吉宗公が享保元年(1716年)に将軍職を継ぐ際、享保十四年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じて現在地に社殿を建立し、翌年に遷座された。


東京メトロ千代田線の赤坂駅から8分ほどの場所に境内がある。参道は長く高台にあるのでいくつもの鳥居をくぐり石段を上っていくと拝殿が見える。境内は広く複数の境内社の他に小さな橋などもあり庭園のようになっている。


大きな銀杏の木が見えるが樹齢400年で港区の天然記念物に指定されている。神社が遷座された享保十五年にはすでに樹齢100年を越えていたとされるので驚きの生命力と言えるだろう。


参道を進んで楼門が見えた辺りの左手に手水舎があり、そのまま真っ直ぐに歩くと個性的な狛犬に出迎えられながら正面が拝殿となる。その他、参集殿や神輿庫、社務所が確認できる。


境内社が数多くすべてを把握しきれなかったが、今回一緒に御朱印をいただいた四合稲荷(しあわせいなり)神社が最も大きい。古呂故稲荷・地主稲荷・本氷川稲荷・玉川稲荷の四つの稲荷が合祀され勝海舟翁が“四社を合祀”“幸福のしあわせ”“志を合わせる”をかけ名付けたとされる。


その他にも火災除の御利益があると言われる西行稲荷社や天祖神社・春日神社・鹿嶋神社・八幡神社・諏訪神社・秋葉神社・厳島神社・金刀比羅神社・塞神社を合祀した九神社なども鎮座する。


御朱印は赤坂氷川神社と四合稲荷神社のものを社殿右手にある社務所で拝受できる。御朱印帳を渡して番号札を受け取り、書き上がるのを待つ形式で初穂料はそれぞれ300円だった。


2018/08/14

山王日枝神社

千代田区永田町にある神社。創建は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、文明十年(1478年)太田道灌が江戸城築城の際に、鎮護の神として川越山王社を勧請したのが始まりとされる。


その後、天正十八年(1590年)徳川家康公が江戸城を居城とするにあたり城内鎮守の社・徳川歴朝の産神として、また江戸市民からも江戸の産神として崇敬された。


赤坂日枝神社とも言われるが、日枝神社の称号を用いることになったのは明治元年以降で、古くから「山王社」と称され、「山王さん」の名で親しまれてきたという経緯があるため、ここでは山王日枝神社とした。


場所は赤坂見附駅から外堀通り沿い溜池山王方面に歩くと左手に大きな鳥居が見えるのですぐにわかる。表参道は溜池山王駅の方が近く、赤坂見附側から鳥居をくぐると稲荷参道か西参道から入ることとなる。


いずれにしても石段をかなり上った先が境内となる。今回は稲荷参道を利用したため、本殿より先に山王稲荷神社、猿田彦神社と八坂神社の合殿の前を通って神門前に出た。手水舎があり神門をくぐると正面に立派な社殿が見える。


社殿の右手には山王夢御殿、拝殿の左右には雄雌の猿像がある。神門を内側から見るとそこにも猿像。外側には左大臣と右大臣があり、かなり凝った造りになっている。


なお御朱印を拝受できる場所は時期によって違うらしい。今回は神門を入ってすぐ右手に御朱印所が設けられていて、そこで御朱印帳と御朱印をいただいた。番号札を受け取って書き上がるのを待つ形式となる。


2018/08/05

亀戸天神社

江東区亀戸にある神社。正保三年(1646年)九州太宰府天満宮の神官だった菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔)が神のお告げにより天神信仰を広めるため諸国を巡り歩き、寛文元年(1661年)に江戸の本所亀戸村にあった天神の小さな祠にご神像をお祀りしたのが始まりとされる。


寛文二年(1662年)太宰府の社にならって社殿、回廊、心字池、太鼓橋を設営し、その後350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてきた。明治六年に准勅祭神社に指定され東京十社の一つになり、昭和十一年に現在の亀戸天神社になった。


境内はJR錦糸町駅と亀戸駅の中間くらいの場所にあり、京成線押上駅からも歩ける。錦糸町駅からだと錦糸公園を斜めに抜けて横十間川を渡り、墨田区から江東区になった辺りにあるのでわかりやすい。


大鳥居をくぐるとすぐに太鼓橋(男橋)。橋の上からは境内を見渡すことができ、さらに参道を進むと平橋があり、その先に二番目の太鼓橋(女橋)が見える。また参道の途中には弁天社がある。


女橋を渡ると右手に手水舎があり左手には菅公像、その少し先には、天神信仰らしく神牛像(撫で牛)。そして正面には立派な社殿が構えている。戦後に再建されたものらしいが、さすが東京十社に数えられるだけあって迫力がある。


境内社として弁天社の他に御嶽神社、花園社がある。御嶽神社は亀戸天神別当の玄関辺りにあったが延宝五年(1677年)に移されたらしい。ここに祀られている法性坊は道真公の教学、御所の師で、道真公薨去の後は太宰府天満宮の社殿造営に関わられたらしい。


なお御朱印は社殿右手奥にある授与所で拝受できる。窓口で御朱印帳を渡して番号札を受け取り書き上がるのを待つ形式。初穂料は300円で御朱印と一緒に「すみだだより」や天神まつりなどのパンフレットもいただいた。


2017/12/31

芝大神宮

港区芝大門にある神社で東京十社の中の一社。伊勢神宮の御祭神である天照大御神(内宮)と豊受大神(外宮)の二柱を主祭神とし、「関東のお伊勢様」と呼ばれることもある。


国道15号線から参道に入り、鳥居をくぐって石段を上ると左手に手水舎、右手に社務所があり正面に拝殿が構える。シンプルな構造の境内で可愛らしい感じの獅子狛犬がいい味を出している。


明治の頃は数多くの境内社があったらしいが、火事や関東大震災で消失し、現在はすべて本殿に合祀されているらしい。


この日は大晦日ということもあり人影まばらで元旦の準備中という雰囲気があった。正月は大勢の参拝客で賑わうのだろう。


なお御朱印は社務所で拝受できる。初穂料は500円だが道中安寧守と生姜飴もいっしょにいただける。大晦日は書き置きのみの対応だった。


2017/06/22

王子神社

北区王子にある神社で東京十社の中の一社にも数えられる。創建の詳細は不明だが、社伝によれば源義家の奥州征伐の折に当社で慰霊祈願を行ったと伝えられ、古くから聖地として崇められていたらしい。


御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大御神、速玉之男命、事解之男命の五柱で総称して王子大神と呼ぶ。徳川家とも縁が深く江戸時代には王子権現という名称で江戸名所の一つとなった。


JR王子駅の近くにあり、音無親水公園からも境内に入れるのだがそこは表参道ではない。一度公園を抜けて回り込むように高台を上ると鳥居が見える。


大鳥居をくぐって境内右手には手水舎があり正面が拝殿。戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と言われる巨木など多くの樹木が茂っていたそうだが、戦災で大イチョウを残しほとんど焼失したらしい。


境内社は拝殿に向かって左手に関神社がある。全国でもめずらしく髪の祖神を祀るもので御祭神は蝉丸公。戦災で焼失したものを髢、鬘、床山、舞踊、演劇などの業界関係者が昭和三十四年に再建した。


なお御朱印は拝殿右手にある社務所でお願いできる。呼び出しボタン方式で多くのお守りが並べられ、平日でも少ないながらお詣りに来る人が絶えることがない。


2017/06/14

白山神社

東京十社の一つにもなっている文京区白山にある神社。天暦年間(947~957年)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したのが始まりと伝えられる。


御祭神は菊理姫命、伊弉諾命、伊弉册命の三柱で、永承六年(1051年)八幡太郎義家が奥州平定の途中に立ち寄り戦勝を祈願したとも言われている。


小高くなった住宅街の中にある神社で表参道から鳥居をくぐり石段を進むと左手に手水舎があり、正面ではなく右手に拝殿がある。駐車スペースがあるというのもあるが境内はそれほど広くはない。


とはいえ八幡神社、関東松尾神社、浅間神社、福受稲荷神社、伏見稲荷社など境内社が多く、見所がたくさんある。


ちょうど「文京あじさいまつり」の期間中で、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていた。御朱印は社務所でいただくことができるが書き置き対応のみ。


なお御朱印は厚紙に挟んだ状態で渡されるので、その場で確認できないのだが家に戻ってから右上に小石川の文字が記されているのに気がついた。他のサイトでは奉拝となっているのだがなぜだろう。