ラベル 目黒区 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 目黒区 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019/09/26

碑文谷八幡宮

目黒区碑文谷にある神社。東京都神社庁の公式ホームページによると創建は不詳ながら、鎌倉時代の武将で源頼朝に仕えていた畠山重忠の守護神を、二俣川にて北条義時の軍に討たれた後、その臣榛沢六郎が交付し宮野佐近がこれを奉祀したといわれている。


サレジオ通りから公園通りに抜けるところに立会川緑道があるが、鳥居があってそこから参道となっている。緑道沿いに桜の木が神社まで並んでいて、春になると桜の名所にもなるようだ。


長い参道をまっすぐに進むと石段を上った先に社殿が見えてくるのだが、二の鳥居の右手に社務所への入り口が見える。実はここに参拝するのは二回目。以前は例大祭の後か先か忘れたが、大勢の人が忙しく作業をしていて御朱印をお願いするのは控えた。


最初の石段を上ると三之鳥居があり、その先の左側に手水舎。さらにその先にある石段を上ると社殿が確認できる。延宝二年(1674年)に造られたものを何度かの増改築を経て現在に至る。太平洋戦争の戦火を免れ現存しているのは素晴らしい。


社殿の右手には境内社として稲荷社が鎮座。その左側には碑文谷の地名の起源ととも言われている碑文石が保存されており、ガラス越しに確認できる。説明書きによると碑文を彫った石のある里(谷)という意味で碑文谷となったとある。


なお、御朱印は社務所の門をくぐった先の授与所でいただくことができる。窓口が閉まっている場合はインターホンで呼び出して御朱印帳を渡し、書き上がるのを待つ。忙しい時期は書き置き対応になるようだ。


2019/01/04

目黒大鳥神社

目黒区下目黒にある神社。目黒区では最古の神社と言われ、公式ページ記載の社伝によると「尊の霊みたまが当地に白鳥としてあらわれ給い、鳥明神とりみょうじんとして祀る」とあり、大同元年(806年)には、社殿が造営された。


また江戸図として最も古いとされる長禄の江戸図(室町時代)に鳥明神として記載されており、江戸九社の一つとして、かなり古くから多くの崇敬を集めていたと考えられる。さらに文政十三年(1830年)の新編武蔵風土記稿にも大鳥大明神と記されている。


目黒駅から権之助坂を下り、目黒川を越えて山手通りと目黒通りの交差点の角に境内がある。どちらの通りにも鳥居があるが山手通り側の鳥居からが表参道になるようだ。鳥居をくぐると左手に手水舎が見える。


一対の狛犬に出迎えられ、正面が拝殿となる。社殿左奥には境内社として目黒稲荷神社があり、その横には庚申塔や複数の石造物が並んでいる。また境内右手奥には神楽殿もあり、例大祭には「剣の舞」が奉納される。


境内はそれほど広大ではないのだが、その他「都天然記念物オオアカガシ」の石碑や切支丹燈籠、御神木の銀杏もあり、さすが歴史ある神社だけあって見どころが多い。


なお、御朱印は通常は対応していないが、お正月と9月の例大祭、11月の酉の市には書き置きのものが頒布される。今回はお正月の御朱印をいただくことができた。


2018/06/14

中目黒八幡神社

目黒区中目黒にある神社。由緒書によれば古い資料が焼失してしまっているため創建年代は不詳だが、江戸時代の村指出銘細帳には宝暦十三年(1763年)と弘化二年(1845年)に539坪の宮有地があると記載されているらしい。


御祭神は應神天皇(誉田別命)で天照大御神も合祀。ご神徳は国家鎮護、勝運招来、増産興業などで古くから中目黒村の総鎮守として崇敬を集めていたとされる。境内に入ると空気が変わり背筋が伸びる感じ。


例大祭に十二座の神楽を奏することで有名で現在も多くの人で賑わうらしい。以前に例大祭前の準備期間に参拝に来たことがあり、関係者がお忙しそうだったため御朱印をいただくのを遠慮したことがある。


場所は中目黒駅から五反田方面に進み住宅地の中を少し上がったところに境内がある。鳥居をくぐり参道を進むと右手に湧き水?があり、その向かい側にさざれ石が置かれている。さらに石段を上ると正面に手水舎が見える。


途中の左手には神楽殿、右斜め横が拝殿となる。先ほど見えた手水舎とは別に現在は使われていないが古くからある手水舎も残されている。拝殿の左手奥には境内末社の三峰神社も鎮座する。


現在は社務所が入っている建物を改装工事中のため拝殿右横の臨時社務所にて御朱印をいただける。御朱印帳を手渡して書き上がるまで待つ形式で、大変丁寧に対応いただいた。


2018/01/12

自由が丘熊野神社

目黒区自由が丘にある神社で、創建年代は不詳だが衾村谷畑(自由が丘、緑が丘一帯)の村民が熊野詣の際に熊野神社本宮の御分霊を勧請して創建と伝えらている。


東急東横線の自由が丘駅から自由通り沿いに歩いて左に入ると鳥居が見える。鳥居をくぐると遊具もある公園のようなエリアがあり、参道を歩くとその先にも二の鳥居、三の鳥居と続く。


三の鳥居からさらに石段を上った右手に手水舎がありその少し先には神輿庫が並んでいる。参道の正面に拝殿があり、その右手には境内社の伏見稲荷神社が鎮座。境内社ながらとても力がある感じでよい気が流れている。


また参道の途中に自由が丘の祖と言われる栗山久次郎の銅像がある。自由が丘の地名の由来にもなった「自由ヶ丘学園」の開校に賛同し土地を貸し与えた人物らしい。


なお御朱印は社務所でいただけるが現在は書き置きのみ対応。窓口で伝えると用意していただける。社務所が閉じていることも多く3回目にしてようやく拝受できた。



2017/09/18

上目黒氷川神社

目黒区大橋にある神社。由緒書きによれば創建は天正年間(1573~1592年)に甲州の武田信玄の家臣であった加藤家が上野原より産土の大神をこの地に迎えたのが始まりとされる。


御祭神は素盞嗚命、天照大御神、菅原道真公の三神で、昔から氏子が疫病知らずと言われ、現在では厄除の神様として親しまれている。


国道246号沿いに鳥居があり、その先はすぐに急勾配の石段を上る。上りきった正面が拝殿で、手水舎は少し離れた右手にある。また左手には神楽殿で、社殿の左右に境内社がある。


左手にあるのが稲荷神社、右手にあるのが浅間神社。浅間神社は上目黒一丁目の目切坂にあった元富士を明治十一年氷川神社に遷した。


昭和五十年頃に富士山を登っている感覚が味わえるようにと登山道が造られた。昭和六十年くらいまでは頂上から富士山を見ることができたらしい。


御朱印は参道右手にある社務所で拝受できる。御朱印帳を渡して待つ形式だが、ベンチが用意されているので境内を眺めながらゆっくり待つことができる。