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2026/07/30

宝童稲荷神社

 中央区銀座にある神社で、銀座八丁神社めぐりの一社。1930年まで弥左衛門町と呼ばれていた銀座4丁目の氏神様で、江戸時代に町名の由来となった弥左衛門により江戸城紅葉山から分祀したことが始まりとされる。

宝童稲荷神社 社殿

銀座にはこの他にも複数の稲荷神社があるが、銀座という場所柄ビルの屋上にあることも少なくない。その中で当神社は銀座の中心地にありながら路地の奥にしっかり鎮座しているため、買い物の途中で気軽に参拝できる。

狐像

現在の社殿は2008年に建て替えられたものだが、関東大震災前は別の場所にあったらしい。震災後に現在の場所に遷座され、その場所はそのままに新しくなった。管理しているのは銀座の町会の中の一つで稲荷と町の復興の願いが込められている。

御朱印・おみくじ

場所は東京メトロ「銀座駅」から徒歩3分程度。限られたスペースにあるため、手水舎はないが一対の小さな狐像が置かれていた。おみくじもだが、御朱印も指定された初穂料(500円)を賽銭箱に納めて拝受できるようになっている。

なお、御朱印はケースに入っているが、その文様は当神社に奉納されたペルシャ絨毯のものという説明書きが入っていた。知恵を司る狐・力の象徴トラ・富を表す孔雀が吉祥柄として織り込まれている。

宝童稲荷神社 御朱印


2026/07/17

豊岩稲荷神社

中央区銀座にある神社。境内に掲示している由緒書によると、“江戸初期からこの地(中央区銀座七丁目八番地十四号)に火防神・縁結神として信仰を集め、銀座七丁目町会の守護神として篤い信仰を集めてきた。”とある。

豊岩稲荷神社 入口

創建年代は不詳ながら、明智光秀の家臣安田作兵衛により祀られたのが始まりとされている。昭和の初めには歌舞伎の名優市村羽左衛門丈を始め、多くの芸能関係者の崇敬を集めていたといわれる。

手水舎

東京メトロ銀座線・日比谷線・丸ノ内線「銀座駅」から徒歩5分くらいの場所にあり、ビルの谷間の奥まったスペースが境内となる。今回の参拝時は向かって右側のビルが解体工事中で空いた状態になっていた。

豊岩稲荷神社 拝殿

左手に小さな手水舎があり、狐像に迎えられる。賽銭箱の蓋を開けビル側に向かって参拝するかたちになっており、その後は細い道を抜けられるようになっているが工事の状況により変わる可能性がある。

豊岩稲荷神社

御朱印は神社のあるビルの地下にある社務所で拝受できる。社務所は開所日が決まっており、事前に豊岩稲荷神社 公式Xアカウントで確認しておくことをおすすめする。御朱印は書き置きのみで初穂料は500円だった。なお、御朱印は「縁結び」「商売繁盛」の2種類がある。

豊岩稲荷神社 御朱印


2026/06/16

兜神社

中央区日本橋兜町にある神社。兜神社世話人会作成のリーフレットによると、御祭神は倉稲魂命・大国主命・事代主命。弘化二年(1845年)に「楓川鎧の渡古跡考」の地図に鎧稲荷と兜塚が描かれており、この頃は当地の鎮守として漁民の信仰を集めていたとある。
鳥居
明治四年(1871年)に東京商社(三井物産の前身)の移転に伴い、鎧稲荷と兜塚が遷された際、兜塚と鎧稲荷を合併し、新たに兜神社が定められた。その後、明治七年(1874年)に三囲稲荷神社の境内社(福神社)のご分霊(大国主命・事代主命)を勧請し合祀した。 

手水舎

 境内は東京証券取引所の近くで、東京メトロ東西線「茅場町駅」から徒歩5分くらいの場所にある。広くはないので鳥居をくぐると目の前が社殿。それでも灯籠や手水舎が整備されており、社殿左手には兜岩も確認できる。

社殿

この兜岩の由来については源義家が兜を埋め納めたなど、諸説ある。ただし、裏付けは残っていないらしい。なお、社殿は1971年の高速道路建設時に旧社殿が解体され現在のコンクリート造りになった。

兜岩

御朱印は本務社である日枝神社日本橋摂社で拝受できる。茅場町駅から地上に出るとKABUTO ONEというランドマークがあるが、日枝神社はその向かいを入ったところにあるのでわかりやすい。初穂料は500円で直書きしていただいた。

御朱印



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2026/06/01

歌舞伎稲荷神社

 中央区銀座にある神社。創建年代は不詳で、2013年に劇場とオフィスタワーが合わさった第5期歌舞伎座に建て替えがされる以前は劇場の敷地内にあった。そのため、歌舞伎座の関係者や観劇者のみだったが、現在は誰でも参拝可能になっている。

鳥居・社殿

歌舞伎座の公式ページによると、歌舞伎興行の大入りや舞台関係者の安全、近隣地域の守護などを祈願して祀られているとある。歌舞伎座地上階にあるため境内はないが、以前と極力場所や方角が違わないよう社を配置したという。

歌舞伎座

ななお、2013年の「遷座祭」で、鐵砲洲稲荷神社の神職により株式会社歌舞伎座に移されていた神様を歌舞伎座のもとの神社に戻された。その他、毎年2月には「初午祭」、歌舞伎興行の初日と千穐楽には「奉告祭」が執り行われている。

扁額

歌舞伎座の正面入口に向かって右側に歌舞伎稲荷神社はある。鳥居と本殿がコンパクトにまとまっており、鳥居には「歌舞伎稲荷大明神」という扁額も確認できる。オープンで人通りの多い場所にあるため参拝する人も多い。

お土産処かおみせ

なお、御朱印は地下2階「お土産処かおみせ」で授与している。書き置きタイプで初穂料は300円。通常御朱印の他に、興行初日や興行千穐楽には限定版の御朱印(初穂料500円)も拝受できるようだ。

通常御朱印


2026/05/13

朝日稲荷神社

 中央区銀座にある神社。公式ページによると、古来より当地に鎮座し、守護神として崇敬を集めていたが、安政の大地震により社殿倒壊。三十間堀に幽没した後に社地は荒廃し見るかげもなかったとされる。

朝日稲荷神社 本殿

ところが、大正6年(1917年)に銀座を襲った大海嘯によって三十間堀より霊体が顕れ、館岡其が埋もれていた朝日稲荷のご神体を掘り出して奉安した。その後、関東大震災により転地を余儀なくされ銀座三丁目町会の奉斎するところとなった。

屋上の境内

戦後社殿を再建し、昭和28年(1953年)宗教法人朝日稲荷神社となる。昭和58年(1983年)に本殿を屋上に安置したが、拝殿が大広ビル1階にありパイプにより大地につながっている。現在はエレベーターで8階に上がり屋上の本殿にお参りができる。

朝日稲荷神社 手水舎

屋上には手水舎があり、しっかり参拝できる。8階に社務所があり御朱印はそこで拝受できる。初穂料は500円で書き置きだが、御守りが付いている。「わたしの銀座散歩」というリーフレットに銀座八丁神社めぐりの案内があった。

朝日稲荷神社 御朱印

なお御朱印ではないが、2017年に銀座八丁神社めぐりのイベントがあり参加。スタンプラリー形式で全てをめぐると土鈴をいただけるという内容だった。今も続いているかどうかは不明だが、コロナ禍前の2019年までは毎年行われていたようだ。

銀座八丁神社めぐり


2021/11/26

初音森神社

 馬喰町・横山町・東日本橋の鎮守として知られる神社。公式ページの説明によると“元弘2年(1332年)藤原大納言師賢公が東国に配流の時、初音の森に参篭し、その草庵に稲荷大明神を勧請し白峯宮と共に奉斎したのが創祀であるといわれる”とある。

文明年間に太田道灌により大社殿が建てられたが、明暦の大火により焼失。徳川幕府入府後は馬喰町郡代屋敷建設のため当地も公儀御用地となり万治二年(1659年)に現在本社がある地に遷座。昭和25年に300年ぶりに旧跡の一部の東日本橋に遷座し今日に至る。

現在、本社は墨田区千歳にあるが儀式殿が中央区東日本橋にあり、御朱印は儀式殿で拝受できる。最寄り駅は浅草橋でオフィスビル内2階に社殿が造られ、1階は駐車場として使用されているようだ。階段を上る手前に赤い鳥居が見えるのですぐにわかる。

2階の拝所の横に御朱印が並べられており、拝受する場合は1階の外宮の賽銭箱に初穂料として500円を納める形式。通常の御朱印の他に月替りの御朱印もあり、カラフルなスタンプが押されている。今回は通常御朱印のみ拝受した。

元の地は東日本橋だが、数度の遷座を経ているため江戸時代の石造物などは隅田川を挟んだ墨田区側の本社にあるらしい。住宅街にあり門が閉まっていることもあるようだが、石造りの鳥居もあるので機会があれば参拝したい。



2018/04/29

笠間稲荷神社 東京別社

中央区日本橋浜町にある神社。安静四年(1859年)に日本三大稲荷のひとつ茨城県・笠間稲荷神社から分霊し、笠間藩主牧野氏の江戸の邸内に勧請したのが始まりとされる。


御祭神は宇迦之御魂神で五穀豊穣のの守護神として古くから人々の崇敬を集めているが、現在は日本橋七福神めぐりの一社にもなっていて寿老人を祀っている。


都営線の浜町駅からすぐの場所にあり、鳥居からすぐに手水舎と拝殿が見える。日本橋界隈の神社は小規模のものが多く、末廣神社も近くにある。おそらく正月の七福神巡りの際はここも混み合うと思われる。


御朱印は拝殿左手にある社務所の窓口で拝受できる。御朱印帳を渡すとその場でさっと書いていただける。初穂料は500円でオリジナルの御朱印帳もあった。日本場七福神巡りは別の機会にしたいので今回は神社の御朱印のみ。


2017/11/12

鐵砲洲稲荷神社

中央区湊にある神社で公式ページによれば841年にこの地の住民がうち続く凶作に自らの産土の国魂神を祀り、日々の御守護を祈願したのが始まりとされる。


室町時代の末期には今の新京橋へ遷座し八町堀稲荷神社と称したが、徳川幕府が開かれ、埋め立てが進んだ寛永元年(1624年)、氏子崇敬者の願いにより生成太神が再遷座され現在の鐵砲洲稲荷神社の基礎が築かれた。


京橋川が隅田川に合流する河口から南の方へ細長い洲が鉄砲洲と呼ばれていたが、徳川家の大筒の試射場であったからとか種子島に伝来した鐵砲に似ていたなど名前の由来は諸説あるようだ。


八丁堀駅から5分ほど歩いた場所に鳥居が見え、脇にはかわいらしい狛犬が一対。鳥居をくぐると右手に手水舎がある。


正面に向かうとすぐに拝殿で、左手には摂社八幡神社と天満社・三輪社・浅間社・琴平神社・住吉社も合祀されている。その手前は神楽殿があり右側は社務所の大きな建物がある。


社殿の右奥には富士塚があり、頂上には鐵砲洲富士浅間神社が鎮座。普段は登ることは禁じられているが、7月1日の山開きには登れるとの話がある。海岸のイメージがあったので富士塚は意外だった。


御朱印は社務所で拝受できる。受付窓口から御朱印帳を渡して待つ形式で、とても丁寧に対応していただいた。なお神社の隣には鉄砲洲児童公園があり、参拝後に休憩ができる。


2017/10/20

宝田恵比寿神社

中央区日本橋本町にある神社。徳川家康江戸入府以前は宝田村の鎮守だったが、江戸城拡張により現大伝馬町へ遷座した。


この地は金銀為替、駅伝、水陸運輸と賑わったがべったら漬発祥の地でもあり現在でもべったら市が毎年開催される。


御祭神は事代主命、少彦名命、大国主神、大己貴命、素盞嗚命だが、日本橋七福神の恵比寿神も祀られており、規模の小さな神社ながら正月も活気づく。


普段は無人の神社でオフィス街の中でひっそり佇んでいるが、今回はべったら市だったので大勢の人が参拝に訪れていた。


正月とべったら市の際は御朱印受付所が設置され御朱印をいただくことができる。行列しているのではないかと思っていたが、3~4人並んでいただけですぐに対応していただけた。