2026/05/28

渋江白髭神社

 葛飾区東四つ木にある神社。いただいた由緒書きによれば、創建年代は不詳ながら渋江村創当初より伝わる古社で、「客人大権現」として広く信奉されたとある。ご祭神は猿田彦命で、合殿として大己貴命、建御名方命を奉祀している。

白鬚神社鳥居

江戸期に六代将軍家宣公の御側室左京の局が当社信仰により、七代家継公を授かったとして人気を呼び参詣者が絶えなかったといわれる。その後も花柳界をはじめ、数多くの参拝者があり、芸能上達、商売繁繁の神様として崇敬を集めた。

白鬚神社 手水舎

境内は京成押上線「四ツ木駅」から徒歩6分の住宅地内にある。鳥居をくぐり、すぐ右に手水舎がありそこからやや左方向に社殿がある。右奥には神楽殿とその右手には境内社の稲荷神社・皇産霊神社・大鳥神社・厳嶋神社が確認できる。

白鬚神社 拝殿

かつては樹齢数百年の老松があったとされるが、大正期に暴風雨や震災被害に遭い、現存しない。現在は昭和の御大典を奉祝して植樹された銀杏の木々に囲まれている。拝殿は嘉永五年の造営で、本殿・高欄は大正五年に再建された。

白鬚神社 境内末社

御朱印は社殿左手にある授与所で拝受できる。区内に兼務社が複数あるが、御朱印は全てこちらで対応している。今回は本社と境内末社の御朱印(初穂料はそれぞれ500円)をいただいた。なお四つ木白髭神社は別にあり、そこも兼務社となっている。

白鬚神社・末社 御朱印

2026/05/26

五方山熊野神社

 葛飾区立石にある神社。公式ページの由緒書きによれば、平安時代中期、一条天皇の長保年間(999~1003年)に創建されたとある。陰陽師として知られる安倍晴明公によって熊野大神が勧請され、葛飾区で最も古い神社となっている。

鳥居

都内では安倍晴明公が勧請した神社はこの神社のみで、徳川三代将軍 家光、八代将軍 吉宗が鷹狩りの際は必ず参拝したといわれる。なお、陰陽道の基本につながる正五角形の境内地は創建時のまま守られている。

社殿

境内は京成線「青砥駅」から徒歩10分の住宅地の中にあり、熊野幼稚園も併設されている。正五角形なのは陰陽道の陰陽五行説(木火土金水)に基づくもので、鎮座一千年記念事業として献灯提灯台、神門。神楽殿、五重塔が建立された。

鳥居をくぐって参道を進むと正面に社殿が見える。右手に手水舎があり社殿横に水神社、天満宮、浅間神社、稲荷神社などの境内社が祀られている。また、社殿の両脇にはクスノキのご神木があり樹齢300年以上とされ葛飾区の登録天然記念物となっている。

稲荷社

御朱印は境内の授与所にて拝受できる。その他、熊野魔除神札や東方コラボ絵馬、一粒万倍神札などユニークな授与品が確認できた。御朱印も通常御朱印(初穂料300円)の他に、カラフルな月替り御朱印(初穂料500円)も選べる。





2026/05/18

於玉稲荷神社

 葛飾区新小岩にある神社で、この地はかつて将軍様の鷹狩りの地「小松の里」として知られていた。いただいた由緒書きによると、安政二年(1855年)の大震火災で焼失した神田お玉ヶ池の本社を明治四年(1871年)に移したとされる。

鳥居(修繕中)

また、東京神社庁公式ページには“太田道灌、足利義政、伊達政宗はじめ諸公の祈願をうけ「江戸神社仏閣百選」にも選ばれた”とある。御祭神は倉稲魂命で五穀豊穣の神として崇敬されてきた。

手水舎

境内はJR総武線「新小岩駅」から徒歩8分の住宅街の中にある。鳥居が損傷したため現在は修繕中で、お聞きしたところ工事完了の時期はまだ決まっていないとのこと。左手に手水舎があり、階段を上ったところが拝殿がある。

於玉稲荷神社 拝殿

拝殿の左手には御神木と「舞楽殿」と書かれた建物があり、雅楽の奉奏のもと祭儀が行われている。生の雅楽・舞楽が楽しめる神社は多くはなく、貴重な存在といえる。なお、祭儀の案内は公式Instagramで案内されている。

舞楽殿

御朱印は階段を上がって右手にあるインターホンで呼び出す方式で拝受できる。初穂料は500円で直書きをしていただいた。その他、カラフルな書き置きもあるようだ。とても丁寧に対応していただきありがたかった。

御朱印

2026/05/15

中台稲荷神社

 板橋区若木にある神社。境内に掲示されている由緒書きによると、創建年代は不詳ながら、当社の境内地は稲荷大神が降臨した場所と伝えられ、「稲荷渡(とうかわたり)」と呼ばれていたとされる。

中台稲荷神社 鳥居

江戸時代は中台村の鎮守で延命寺が別当(管理者)にあたっていた。神社に伝わる「四季農耕図絵馬」は、明治十八年(1885年)氏子の中台東組によって奉納されたもので、農家の暮らしぶりが分かる資料として区の有形文化財に指定されている。

手水舎

境内は東武東上線「上板橋駅」から坂を上って徒歩10分くらいの場所にある。鳥居をくぐると左手に手水舎、斜め右方向に神楽殿が見える。石灯籠が並んでおり正面にある拝殿の手前で狛狐に出迎えられる。

拝殿

拝殿の左奥にはご神木(ムク)と境内社の御嶽神社がある。このムクの木は中山道と川越街道を結ぶ間道の目標とされ、「稲荷越の大木」 と呼ばれていた。なお、平成六年(1994年)に板橋区登録文化財の天然記念物に指定されている。

御神木と御嶽神社

御朱印は社務所で拝受できる。社務所入口の横にあるインターホンで呼び出し、窓口で御朱印帳を渡すと直書きしていただける。初穂料は500円で、窓口には御守りや御札。おみくじなどが並んでいた。

御朱印

2026/05/13

朝日稲荷神社

 中央区銀座にある神社。公式ページによると、古来より当地に鎮座し、守護神として崇敬を集めていたが、安政の大地震により社殿倒壊。三十間堀に幽没した後に社地は荒廃し見るかげもなかったとされる。

朝日稲荷神社 本殿

ところが、大正6年(1917年)に銀座を襲った大海嘯によって三十間堀より霊体が顕れ、館岡其が埋もれていた朝日稲荷のご神体を掘り出して奉安した。その後、関東大震災により転地を余儀なくされ銀座三丁目町会の奉斎するところとなった。

屋上の境内

戦後社殿を再建し、昭和28年(1953年)宗教法人朝日稲荷神社となる。昭和58年(1983年)に本殿を屋上に安置したが、拝殿が大広ビル1階にありパイプにより大地につながっている。現在はエレベーターで8階に上がり屋上の本殿にお参りができる。

朝日稲荷神社 手水舎

屋上には手水舎があり、しっかり参拝できる。8階に社務所があり御朱印はそこで拝受できる。初穂料は500円で書き置きだが、御守りが付いている。「わたしの銀座散歩」というリーフレットに銀座八丁神社めぐりの案内があった。

朝日稲荷神社 御朱印

なお御朱印ではないが、2017年に銀座八丁神社めぐりのイベントがあり参加。スタンプラリー形式で全てをめぐると土鈴をいただけるという内容だった。今も続いているかどうかは不明だが、コロナ禍前の2019年までは毎年行われていたようだ。

銀座八丁神社めぐり


2026/05/10

桝箕稲荷神社

 新宿区坂町にある神社で社名は「ますみのいなりじんじゃ」と読む。創建は元和八年(1622年)と御朱印に記されており、坂町の鎮守としてもとは「真須美(ますみ)稲荷」と呼ばれていた。

江戸時代にこの地で恩賜米の配分が行われていたことから、現在の“桝箕”の文字が用いられるようになったらしい。場所は都営新宿線「曙橋駅」から徒歩7分くらいの住宅地の中にあり、境内は児童公園になっている。

昔からの社殿は戦災により焼失したが、町内の協力と奉納により仮社殿・仮社務所など段階的に設置されていき、昭和34年5月に現在の社殿が完成した。運営管理は枡箕稲荷神社崇敬保存会によって行われおり、祭事も執り行われいる。

社務所は隣接しているが通常は無人らしい。参拝した日はたまたま祭事の準備をしており、大勢の人で賑わっていた。御朱印は社殿に備え付けのプラスチックケースに書き置きが入っており200円を賽銭箱に入れて拝受できる。



2026/05/08

岩淵八雲神社

 北区岩淵町にある神社。由緒書きによると江戸時代に徳川将軍が日光東照宮に参詣する際に利用した岩淵宿の鎮守の社で、主祭神は建速須佐之男命。創建は不詳ながら江戸時代に編纂された『新編武蔵国風土記原稿』に記されている。

二の鳥居

また、勝海舟の直筆の大幟(おおのぼり)が納められており、昭和五十年代まで祭りの際に掲げられていた。境内は東京メトロ南北線「赤羽岩淵駅」から荒川方面に向け、住宅地の中を進んだ徒歩5分の場所にある。

手水舎

境内はきれいに整備されており、古くから荒川氾濫に悩まされてきたこともあり、水神社が祀られている。また、末社として白山神社、大六天神社、稲荷神社、御嶽神社、市杵島神社の5社も祀られており、一度枯れかけて蘇ったご神木も確認できる。

社殿

参道は一の鳥居から二の鳥居に進む途中、左手に手水舎がある。狛犬に出迎えられた先、正面に社殿。その左手に神楽殿、さらに奥には神輿庫が並んでおり、一見すると規模は大きく見えないのだが、実際は広いことが分かる。

水神社

御朱印は参道の途中、左手の社務所で拝受できる。境内に出ていると表示があったが神職は確認できず、インターホンで呼び出して対応いただいた。初穂料は500円で直書きのものを受けることができありがたかった。

御朱印

2026/05/06

平井諏訪神社

 江戸川区平井にある神社。由緒書きによると、信濃国の一の宮諏訪大社の分社で、享保年間(1716~1735年)に飛来聖天燈明寺の恵祐法印が境内末社としてこの地に勧請したのが創建とされる。明治5年に下平井村の村社に列せられ、昭和8年に四所神社を合祀した。

鳥居

境内はJR総武線「平井駅」から徒歩5分の住宅地の中にある。鳥居をくぐるとすぐ左手に手水舎があり参道の正面が拝殿・本殿。その右奥には旧本殿で区登録有形文化財の稲荷神社がある。また、本殿から左手前側に浅間神社(平井の富士塚)も見える。

手水舎

江戸川区はかつては海だったところもあり、神社の数は比較的少ない。その中でも、ここ諏訪神社は境内も広めで富士塚もあるなど歴史を感じる。また、旧本殿(稲荷神社)の見事な龍の彫刻やイチョウのご神木など見どころも多い。

拝殿・本殿

本殿の左側が神楽殿で、御朱印はさらにその左側にある社務所の窓口で拝受できる。人が不在の場合はインターホンで呼び出す方式で、「江戸川区の神社」と「平井諏訪神社由緒」の資料をいただいた。

稲荷神社(旧本殿)

御朱印は書き置きタイプで初穂料は500円。御朱印は大判の御朱印帳でも入るかどうかギリギリくらいの大きさがあるため、ファイルに保管するのがおすすめ。丁寧に応対していただき大変ありがたかった。


2026/05/04

青山熊野神社

 渋谷区神宮前にある神社。東京神社庁公式ページによると、元和五年(1617年)徳川頼宣卿の邸内に奉斎されていた御宮を町民の請により正保元年正月七日現在地に移遷。翌年四月本殿拝殿その他造営し完成したとされる。

鳥居

青山総鎮守として熊野大権現と称していたが、明治二年(1869年)に神仏分離の令により社号を青山熊野神社と改称した。御祭神の五十猛命(イタケルノミコト)は植林・樹林の神様として知られ、建築関係の仕事をしている人たちの信仰が深い。

境内は国立競技場の近くにあり、最寄り駅は東京メトロ銀座線「外苑前駅」から徒歩5分程度。帰りは千駄ヶ谷方面に抜けて、鳩森八幡神社にお参りするのもよい。天気が良い日は散歩ルートとしておすすめだ。

鳥居をくぐると右手に手水舎があり、正面に拝殿が見える。たくましい感じの狛犬に迎えられ、左奥にはご神木もある。また、本殿左手には秋葉神社、伏見稲荷神社、御嶽神社の合殿も確認できた。

御朱印は境内右手のビルの一階にある窓口で拝受できる。窓口不在の場合はインターホンで呼び出す方式。御朱印は書き置きタイプで初穂料は500円。特別御朱印ではないが5月4日ということで鯉のぼりの小さな印も押されていた。


2026/05/03

飯倉熊野神社

 港区麻布台にある神社。古書など資料焼失のため創建は不詳ながら、社伝によると元正天皇御代(680~748年)、養老年間(717~724年)に芝浦海辺の地に鎮座ありとされる。

飯倉神社 鳥居

また、文明年間(1469~1487年)に太田道灌によって再建され、数多の品物が寄進されたとある。江戸名所図会には「養老年中に芝浜に勧請後この所に遷す云々」とあるため、南北朝時代には現在の地にあったと推測される。

境内は麻布台のビル群の中にあり、都営大江戸線「赤羽橋駅」から徒歩7分程度。麻布台ヒルズ方面に抜けると東京メトロ南北線「六本木一丁目駅駅」にも出られる。境内は規模は小さいものの、社務所をビルの1階にするなど工夫されている。

飯倉熊野神社 社殿

飯倉熊野神社は太田道灌ゆかりの社であり、境内末社として恵比寿大田稲荷社が社殿の手前に確認できる。社務所ビル側には手水舎や小賽銭箱に100円を納めて引けるおみくじなどが配置されていた。

境内末社

御朱印は社務所の窓口で、インターホンを押すと対応していただける。通常タイプは直書きだが、今回は書き置きタイプの「端午の節句御朱印」を拝受した。どちらも初穂料は500円。また、それとは別におからすさんとも呼ばれる「牛王神符」もいただいた。