2026/09/15

芝崎日枝神社

 台東区西浅草にある神社。室町時代には丸の内・常盤橋付近にあった東光院境内に祀られていた。近江の日吉大社の御分霊を勧請したものとされ、慶長年間(1596~1614年)江戸城を増築の際に日本橋小伝馬町に移った。

芝崎日枝神社 鳥居

その後、明暦三年(1657年)江戸の大火後に再興されて現在の地に遷座した。境内は東京メトロ銀座線「田原町駅」から徒歩7分の場所にある。鉄の扉がある囲いの中に鳥居があり、その先の階段を上ると拝殿がある。

芝崎日枝神社 拝殿

浅草神社の兼務社となっており、普段は神職が常駐していない。昭和43年(1968年)に鉄筋コンクリート造りへと改修され1階部分は駐車スペースとなっている。近くに本社三島神社があるが、造りが似ている。

御朱印の案内

拝殿の左側は社務所だが開いていないようだ。御朱印は別の場所(町会が管理)で受けられる旨の案内があり、境内を少し離れた場所で拝受できる。なお、御朱印をいただけるのは毎月15日のみとなっている。

芝崎日枝神社 境内

当日になるとFacebookで対応時間などが案内されるため確認が必要となる。初穂料は300円で書き置きのみ。全てを調べたわけではないが、他の参拝者のブログなどから、どうやら時期により字体やスタンプが変わるようだ。

芝崎日枝神社 御朱印

2026/09/13

葛飾氷川神社(堀切氷川神社)

 葛飾区堀切にある神社。東京神社庁公式ページによると、創建は“正治元年(1199年)武州一の宮氷川神社を勧請”とある。また境内社の八王子神社は治承2年(1178年)に源頼朝公により関西方面から移されたと伝えられる。

葛飾氷川神社 鳥居

境内は京成本線「堀切菖蒲園駅」から徒歩8分の住宅地の中にある。鳥居をくぐると右手に手水舎があり、正面に拝殿が見える。拝殿の右手には神輿庫。参拝した日がちょうど例大祭だったため神輿を確認できた。

葛飾氷川神社 拝殿

八王子神社は社殿の左手にあり、境内に八王子神社の鳥居や社号標もある。明治42年(1909年)に氷川神社に合祀され、昭和6年(1931ね)境内に社殿を新築した。今回はいただかなかったが八王子神社の御朱印もあるようだ。

境内社・八王子神社

さらに、その左手には創建以来、天正年間(1573年~91年)よりの御神木と伝えられる「クロガネモチ」が祀られている。葛飾区の天然記念物にも指定されていたが、平成7年(1995年)に老樹のため枯死し、現在は切り株のみ保存されている。

御神木

御朱印は境内の左手奥にある社務所窓口で拝受できる。通常は直書きらしいが、この日は例大祭だったため書き置きのみ(初穂料は500円)で、例祭奉拝と記されている。また、王子白髭神社や平井天祖香取神社など兼務社の御朱印にも対応している。

葛飾氷川神社 御朱印


2026/09/09

千住本氷川神社

足立区千住にある神社。公式ページによると徳治2年(1307年)に下総国千葉氏が、牛田に千葉山西光院と共に氷川社として創建されたと伝えらている。また、明治43年(1910年)に荒川放水路構築のため、牛田氷川神社を合祀した。

千住本氷川神社 鳥居

境内はJR・東京メトロ「北千住駅」から徒歩5分の場所にある。鳥居をくぐると参道があり二の鳥居に先に社殿が見えるが、こちらは旧社殿で末社とし三峯神社・久須志神社・大黒天が祀られ、右手には別に三精稲荷神社もある。

千住本氷川神社 旧社殿

境内にはこの他にも足立区ラジオ体操発祥の地の碑や松尾芭蕉「奥の細道」の石碑などある。なお、旧社殿は日光東照宮造営に奉仕した大工が建立したと伝えられており、見事な龍や鳥類の彫刻が確認できる。

千住本氷川神社 稲荷社

現在の社殿は、旧社殿から参道を右に折れた先にあり、昭和45年に新築したものとなる。一対の狛犬に迎えられ、赤い柱の拝殿が見える。鉄筋コンクリート銅板葺きの社殿だが、木造のような温かみのある造りになっている。

千住本氷川神社 社殿

御朱印は境内にある神楽殿の奥にある社務所で拝受できる。窓口があり御朱印帳を渡すと対応していただける。直書きで初穂料は500円。通常タイプの他に季節の限定御朱印もいただけるが、こちらは書き置きのみとなる。 

千住本氷川神社 御朱印


2026/09/05

西久保八幡神社

 港区虎ノ門にある神社。公式ページによると“寛弘年中(1004~1012年)に源頼信が石清水八幡宮の神霊を請じて霞ヶ関のあたりに創建”とある。その後、江戸城築城に際し太田道灌により現在地に遷された。

西久保八幡神社 一の鳥居

江戸時代には江戸八所八幡の一つに数えられ賑わいがあったが、何度も火災に遭い焼失。再建が繰り返された。近年では昭和20年(1945年)に戦災に遭い消失。令和元年から境内整備事業が進められ、現在の本殿・幣殿・拝殿を連結した複合社殿が再建された。

西久保八幡神社 二の鳥居

境内は東京メトロ日比谷線「神谷町駅」から徒歩3分の場所にある。国道一号線沿いを歩くと鳥居があり、石段を上った先に二の鳥居。参道を進むと正面に社殿が見える。左手に手水舎があり、右手奥に社務所が確認できる。

西久保八幡神社 社殿

境内末社は3社で、社殿に向かって右手に人麿社(柿本人麻呂)、稲荷社(宇迦之御魂神)があり、庚申社(猿田彦神)は最初の石段を上る手前の右手にある。こちらも新しいので、社殿再建時に新しくなったものと思われる。

西久保八幡神社 境内社

なお、社務所にてインターホン呼び出しで御守り・御札などを拝受可能だが、「御朱印」としては対応していない。但し、参拝記念スタンプとして書き置きタイプのものが用意され、自分で賽銭箱に初穂料300円を納め受け取るようになっている。

西久保八幡神社 記念スタンプ

周辺は高層ビルが建ち並び、都心の神社らしい雰囲気だが境内は穏やかな空気が流れている。参拝時は雨天だったにも関わらず、外国人も含め参拝者が多くみられた。境内に屋根付きのベンチもあり、雨の中しばらく休憩できた。

西久保八幡神社 参拝記念スタンプ

2026/09/02

天祖・諏訪神社(大井神明宮)

 品川区南大井にある神社。公式ページによると“古くは神明宮、諏訪社と称し氏子を同じくし東京湾に面し立会川をはさみ併祀されていた”とある。天祖・諏訪と併記されているのはそのためと思われる。

天祖・諏訪神社 鳥居

天祖神社の創建は不詳ながら、「大井郷之図」などの記録によると平安時代末期(1100~1190年)とされている。諏訪神社の創建も不詳だが、江戸時代初期の寛永8年(1631)以前と考えられている。

天祖・諏訪神社 手水舎

昭和40年(1965年)になり、神明造の社殿が天祖神社境内に建造され、11月1日両社を合祀し天祖・諏訪神社となった。また令和になり、兼務社の濱川神社(厄神さま)の御分霊を当社に併祀。『七柱の神さま』をお祀りする神社となった。

天祖・諏訪神社 社殿

境内は京浜急行「立会川駅」から徒歩1分の場所にあるが、鳥居をくぐり参道を通るには商店街を抜けて回り込む必要がある。参道を進むと右手に手水舎があり正面が社殿。また右手奥には弁天池と境内社の嚴島神社が見える。

境内社 嚴島神社

社殿前の狛犬は諏訪神社に安置されていた狛犬(慶應3年に奉納)で、天祖神社の狛犬(天明7年に奉納)は経年劣化により損傷しているため、合祀以後境内より下げられ奥に並べられている。

天祖神社の狛犬

社殿左奥のあまり目立たない場所には境内末社の稲荷社が鎮座。毎年二月の初午祭では、子どもたちにお菓子などが振る舞われている。また、東海七福神の一社として福禄寿が祀られており、初詣の期間中は拝み処が設けられる。

境内末社 稲荷社

なお、御朱印は境内左手にある社務所の授与窓口で受けられる。インターホンで呼び出すと対応していただける。御朱印の初穂料は500円で直書きしていただいた。また、嚴島神社の御朱印もありこちらは書き置きのみとなっている。

天祖・諏訪神社 御朱印


2026/08/28

島根鷲神社

 足立区島根にある神社で“わしじんじゃ”と読む。公式ページによると文保二年(1318年)中興と伝えられる。当地は古代には海岸線で島の根のように出た地に、神々が船でお着きになった処とされる。

島根鷲神社 鳥居

主祭神は日本武尊で、先着の神々をお祀りしたことから浮島明神または大鷲尊とも呼ばれ、鎌倉時代以降に鷲大明神となった。また、江戸時代のは三代家光公・八代吉宗公等のご事跡があったとされる。

島根鷲神社 手水舎

境内は東武スカイツリーライン「西新井駅」から徒歩18分の場所にある。大鳥居をくぐるとすぐ左手に手水舎があり、参道を真っ直ぐに進むと社殿が見える。また、参道右手には島根神代神楽が奉納される神楽殿がある。

島根鷲神社 社殿

社殿の右側奥には徳川吉宗公が座られたとされる将軍石や吉宗公ゆかりの吉田順庵先生島根学問所跡が確認できる。さらに奥に進むと富士塚があり登ることも可能で7月には富士開きが行われる。さらに社殿の左手には境内社の三峯神社も鎮座する。

島根鷲神社 将軍石

住宅地の中にあり境内は大規模ではないが、歴史を感じさせる。年間に行われる祭典行事も多く、祭りに欠かせない「島根ばやし」は神田囃子の流れを汲むものだそう。近隣地域の総鎮守・守護神として今も崇敬を集めていることがわかる。

島根鷲神社 富士塚

なお、御朱印は社殿左手にある社務所で拝受できる。窓口のあたりをウロウロ歩いていると声をかけていただいた。御朱印は書き置きのみで鷲神社の他に、富士塚の御朱印(初穂料は各500円)もいただいた。

島根鷲神社・富士塚の御朱印


2026/08/26

堀切天祖神社

 葛飾区堀切にある神社。公式ページの由緒書によると“永萬元年(1165年)、伊勢皇大神宮の神領地として寄進された葛西御厨の堀切村鎮守として伊勢皇大神宮の御分霊を勧請して創建”とある。

堀切天祖神社 鳥居

境内は京成本線「堀切菖蒲園駅」から徒歩6分の住宅街の中にある。鳥居をくぐると左手に手水舎があり、参道を進んだ正面が拝殿。参道の途中左手には神楽殿も確認できる。面積はそれほど大きくはないが中に入ると境内社が多いことがわかる。

堀切天祖神社 手水舎

創建後に八幡社、稲荷社、天神社が祀られた。その中で八幡社は宝徳元年(1449年)に当時の地頭千葉氏の家臣・窪寺蔵内頭胤夫が現在の堀切小学校敷地に勧請したとされる。明治以降になってから境内に遷座された。

堀切天祖神社 社殿

その他に、境内には天神社、豊受稲荷、出雲社が祀られ、境外末社として菖蒲七福神、菖蒲十二支神が祀られている。また、葛飾区観光協会HPによると堀切の名産「菖蒲」と「勝負」をかけた「しょうぶ勝守」などの御守が人気らしい。

堀切天祖神社 境内社

御守や御朱印は社殿右手にある社務所の窓口で拝受できる。インターホン呼び出し方式で書き置きのみ(初穂料500円)だが、毎月背景デザインは変更になる。また兼務社の小菅神社・上千景香取神社・小谷野神社の御朱印もこちらで対応している。

堀切天祖神社 御朱印