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2020/01/03

羽田七福いなりめぐり

羽田七福いなりめぐりとは、毎年1月1日~1月5日(9:00~15:00)行われる催し物です。東官守稲荷神社から以下の順番で巡っていき、最後の穴守稲荷神社まで徒歩で2時間程度のコースとなっています。

壱番 萩中 東官守稲荷神社 《身体安全》
弐番 上田 妙法稲荷神社 《招福厄除》
三番 大野 重幸稲荷神社 《開運長寿》
四番 中村 高山稲荷神社 《学業成就》
伍番 仲町 鴎稲荷神社 《開運招福》
別格 羽田 玉川弁財天 《金運長寿》
六番 鷹取 白魚稲荷神社 《無病息災》
七番 東京羽田 穴守稲荷神社

少しコースを外れますが、白魚稲荷神社近くの羽田平和の大鳥居にも足を運べます。壱番の東官守稲荷神社で頒布される集印帳(200円)に各社の御朱印(初穂料100円)をいただきます。7社の稲荷神社と弁財天すべてまわると穴守稲荷神社で記念品をいただけます。

東官守稲荷神社

妙法稲荷神社

重幸稲荷神社

高山稲荷神社

鴎稲荷神社

玉川弁財天

羽田平和の大鳥居

白魚稲荷神社

穴守稲荷神社


集印帳

2019/12/12

雪ヶ谷八幡神社

大田区東雪谷にある神社。いただいた資料によれば創建は永禄年中(1558~1569年)とされ、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際に当所に於いて法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞により八幡大菩薩を創祀すと伝えられる。


旧中原街道沿道随一の由緒深き神社として人々の崇敬を集め、雪ヶ谷の里の鎮護の神として450年のご神徳をもって現在に至る。御祭神は誉田別命で、近隣にある田園調布八幡神社、道々橋八幡神社、石川神社も兼務している。


今回は自転車での参拝だったが、電車では東急池上線の石川台駅が最寄りで徒歩2分。境内へは四方から入れるようになっているが、一之鳥居は長細い境内の端にある。鳥居をくぐると児童公園になっておりベンチで休憩もできる。


その先の石段を上った先が二之鳥居。さらに進むと右手に手水舎がありさらに石段を上ったところに三之鳥居。その鳥居をくぐった正面に拝殿がある。昭和二十年に戦災により社殿を焼失し、現在の社殿は昭和三十四年に造営されたもの。


社殿の左奥には摂社である斎霊殿や雪ヶ谷稲荷大明神、薬神社・稲荷神社・天神社・加藤神社などの末社が確認できる。また大田区指定文化財にもなっている庚申供養塔や力石などがありこの地域の中心的な神社であることがわかる。


なお御朱印は拝殿右手にある授与所で拝受できる。インターホン呼び出しで窓口で御朱印帳を渡して待つ形式。この日は書き上がるまでに時間を要すということで社務所の建物の中まで案内されお茶までいただいた。とても丁寧な対応でありがたかった。


2019/12/05

羽田神社

大田区本羽田にある神社。公式ページによると創建は約800年前の鎌倉時代、羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎を祀ったことが始まりとされ、徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰されたという。


江戸時代には、旧羽田村・旧羽田猟師町の鎮守として知られ、明治の神仏分離令により八雲神社として独立したが、明治40年に羽田神社と改称している。またその由来から今も羽田神社を「てんのうさん」と呼ぶ人もいる。


また羽田の氏神様として航空会社各社からも崇敬され、正月から年間を通じて運航安全・航空安全祈願の参詣があるらしい。現在の氏子地域は羽田1丁目~羽田6丁目と羽田1丁目~本羽田3丁目、大田区羽田旭町、大田区羽田空港1丁目~羽田空港3丁目となっている。


境内は京急線の大鳥居駅を出て、7分ほど産業道路を南に進むと大きな橋手前の右手に鳥居が見えるのでわかる。一の鳥居をくぐるとすぐに二の鳥居があり、その先左手に手水舎、正面が拝殿となる。


社殿の右手には羽田稲荷神社、日枝神社、増田稲荷神社、鈴納稲荷神社といった境内社が並び、社殿の左手奥には羽田富士がある。修復しているのか工事をしていて様子がわかりにくかったが富士塚を確認できた。


後から気がついたのだが、「開運福笹 境内末社巡り」というのがあり短冊に各社の御朱印(スタンプ)を受けられるらしい。なお本社の御朱印は拝殿左手にある社務所で拝受できる。


御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ形式で、羽田富士塚の御朱印もいっしょにいただいた。初穂料はそれぞれ500円で、御朱印を受ける際にいっしょに参拝記念のしおりもいただけた。


2019/05/10

矢口氷川神社

大田区矢口にある神社。創建年代は不詳だが新編武蔵風土記稿に「村の東によりてあり。宮作にて三尺四方の社り。前に鳥居をたつ。鎮座の年代詳ならず」と記載があり、古くから矢口村の鎮守として崇敬を集めていたことがわかる。


御祭神は素盞嗚尊で大田区では唯一の氷川神社となる。別当寺は本務社の新田神社と同じ真福寺で、昭和二十年の空襲で社殿は焼失したが、昭和三十三年に社殿が再建され、神輿と山車もこの時に造られた。


新田神社から歩いて2分ほどの場所にあり、境内の半分は児童公園として利用されている。鳥居からまっすぐに参道があり一対の狛犬の先に社殿がある。また多摩川七福神巡りの大黒天も担っており正月は参拝者で賑わうことが予想される。


社殿の右手には境内社の三社稲荷が鎮座。三社稲荷崇敬会の石碑によると昭和四十七年に遷座されたものらしい。無人のため氷川神社の社殿と稲荷社は閉門しているが、柵の間から賽銭を納めて参拝は可能。


御朱印は本務社である新田神社の社務所で拝受できる。初穂料は書置き300円、記入500円で今回は新元号記念御朱印を書置きでいただいた。


新田神社

大田区矢口にある神社で新田義貞の次男新田義興を御祭神とする。東京神社庁サイトによると、正平十三年に謀略により、多摩川の「矢口の渡」で壮烈なる最後を遂げた義興公の怨霊が現れたり、夜々「光り物」が矢口付近に現れて往来の人々を悩ませた。


そこで義興公の御霊(みたま)を鎮める為に、義興公の墳墓の前に社殿が建てられ『新田大明神』として崇めたという。やがて義興公は村人や旅人の「運を開き守り、幸せを導く霊験あらたかな神様」として広く崇敬されるようになった。


また江戸時代に平賀源内が御塚後部にあった篠竹で厄除招福・邪気退散の「矢守(破魔矢の元祖)」を作ったとされ、破魔矢発祥の地としても知られている。

境内は等級多摩川線「武蔵新田駅」から商店街を歩いて5分ほどの場所にある。鳥居をくぐると最初に目に入るのは樹齢700年と言われる御神木。触ると「健康長寿」「病気平癒」「若返り」のご利益があると伝えられている。


参道を進むと右手に手水舎があり、一対の狛犬に出迎えられた後に正面に拝殿が確認できる。なお社殿は昭和三十五年に明治神宮で仮社殿として建てられたものを下付して再建されたもので立派な建物だとすぐにわかる。


境内社として拝殿の右手に稲荷神社がある。圧倒的な存在感を放つ御神木は江戸時代には雷、戦時中は空襲にも遭ったらしいが現在も青々とした葉を付けるためパワースポットになっている。


なお御朱印は社務所で拝受できる。初穂料は書置き300円、記入500円。14時以降は書置きのみの対応になると案内があった。今回は新元号記念御朱印(書置きのみ)と兼務社の氷川神社の御朱印もいただいた。


2018/11/18

磐井神社

大田区大森北にある神社で、敏達天皇の二年(573年)八月の創祀と伝えられる。公式ページによれば貞観元年(859年)官社に列した延喜式内社でこの神社を武蔵国の八幡社の総社に定めたとされる。


鈴森八幡宮とも呼ばれ由緒書には江戸時代には、徳川家の将軍も参詣したことが記されている。永正年中兵火にかかり社殿が焼失したが、享保十年(1725年)に徳川八代将軍吉宗公が造営したという記録がある。


境内は京急の大森海岸駅から3分ほど第一京浜沿いに歩くと鳥居が見えるのですぐにわかる。周辺は高層マンション等に囲まれているが、その場所だけ異なる雰囲気の流れる空間になっている。


鳥居をくぐると右手に手水舎があり、参道を少し進んだ正面が拝殿となる。一対の狛犬が出迎えてくれるが、子獅子6匹いる珍しいもので子宝の象徴として親しまれているようだ。この日は七五三の写真撮影に訪れる参拝客が多かった。


この他、境内には磐井の井戸跡や力石などもあり、特に大きな二本のご神木は存在感がある。また比較的規模の大きい神楽殿がありその周辺にはいくつかの石碑が見える。


境内社としては社殿右手に海豊稲荷神社、境内左手は小さな池に囲まれている笠島弁天社が鎮座。東海七福神の弁財天となっていて正月には七福神巡りが開催される。


御朱印は拝殿左手にある社務所で拝受できる。窓口で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ形式で、月ごとにカラフルな御朱印があるので人気があるようだ。今回は霜月(旧暦11月)と新嘗祭の御朱印をいただいた。


新嘗祭の御朱印


霜月の御朱印

2018/07/22

羽田神社

台東区本羽田にある神社。公式ページによれば羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎が牛頭天王を祀ったことが始まりとされ、今でも本神社を「てんのうさん」と呼ぶ人がいるのはその名残りだとされる。


御祭神は須佐之男命と稲田姫命の二柱で「えんむすび」「勝負事」のご神徳があることで知られている。羽田の氏神様として羽田全域から現羽田空港まで広い氏子区域を有し、江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰された。


京急の大鳥居駅から徒歩で8分ほどの場所に境内がある。自性院という寺院が隣接するが、その境内にある牛頭天王社は明治の神仏分離令により八雲神社(現羽田神社)と分かれた歴史がある。


一の鳥居をくぐるとすぐに二ノ鳥居があり、左手に手水舎、右手に神楽殿と神輿殿がある。参拝した日は来週の例大祭に備え、準備が進められていた。


そのまま参道をまっすぐに進むと立派な社殿が構える。昭和六十三年(1988年)に鉄筋コンクリート造で、建築物としては新しいものだが拝殿部分がせり出した感じになっていて迫力がある。


本殿の右奥には境内社として羽田稲荷神社、日枝神社、増田稲荷神社、鈴納稲荷神社が鎮座し、その手前には八雲神社の碑、殉国の碑がある。


一見すると境内が狭く感じるが奥が深く、社務所の奥には羽田富士(富士塚)があり富士浅間神社が鎮座する。明治初期に築山されたものだが現在は中に入って登ることはできない。


御朱印は社務所の窓口で拝受できる。御朱印帳を渡して番号札を受け取る形式だが、椅子に座って境内を眺めながら書き上がるのを待つことが可能。今回は通常御朱印の他に例大祭限定御朱印のいただくことができた。