台東区蔵前にある神社で、第六天神の総本宮とされる。古くから第六天神宮と呼ばれていたが明治の神仏分離令の際に榊神社と改称された。ツイッターのアカウントでは第六天榊神社となっているが現地では第六天の文字が表記されていない。
日本武尊が、景行天皇四十年年(110年)に創建したと言われ、御祭神は天神第六代坐榊皇大御神、面足尊、惶根尊で、元々は森田町(現蔵前3丁目)に鎮座してたが昭和三年に、浅草文庫の跡地だった現在の場所に移ったらしい。
都営浅草線の蔵前駅から近く、須賀橋交差点を少し入ったところに鳥居が見える。鳥居をくぐると右手に手水舎、正面が拝殿で左手には神楽殿がある。ビル街の中にありながら境内だけ澄みきった空気が流れている。
境内社として繁昌稲荷神社と七福稲荷神社、豊受神社、事比羅神社の合祀殿がある。また境内には浅草文庫跡碑があり、当時の和・漢・洋の蔵書数は11~13万冊とも言われている。
なお御朱印は拝殿右奥にある社務所でいただくことができる。授与所のような建物があるが無人の場合はインターホンで呼び出してお願いすることとなる。初穂料は300円で御朱印帳を渡して外で待つ形式。丁寧に対応していただいた。
2018/03/11
2018/01/14
鷲神社
台東区千束にある神社で酉の市の起源発祥とされておる。御祭神は天日鷲命と日本武尊で開運・商売繁昌にあらたかな「おとりさま」として広く崇敬を集めている。
浅草から国際通り沿いを三ノ輪方面に歩くと右手に鷲神社の門が見える。門をくぐると赤い一の鳥居があり、その先すぐのところに二の鳥居がある。
二の鳥居の左手に手水舎があって、参道正面に拝殿が構える。シンプルな造りに見えるが、よく見ると参道左手にある授与所の2階が神楽殿になっていて「渡殿鷲瑞」という渡殿とつながっている。
拝殿の中央にある「なでおかめ」があってなでると御利益があるというのを後から知った。おかめには気がついたが撫でていいとは思わず、ぜひ次回はリトライしたい。
境内は広々として開放感があるが、おそらく酉の市の時はここが埋まるほど大勢の人で賑わうのだろう。機会があれば酉の市の際にも来てみたいところだ。
御朱印は授与所で拝受できる。御朱印帳を渡して待つ形式だが、よほど混雑していなければその場でささっと書き上げてしまうので長らく待つということは無さそうだ。
浅草から国際通り沿いを三ノ輪方面に歩くと右手に鷲神社の門が見える。門をくぐると赤い一の鳥居があり、その先すぐのところに二の鳥居がある。
二の鳥居の左手に手水舎があって、参道正面に拝殿が構える。シンプルな造りに見えるが、よく見ると参道左手にある授与所の2階が神楽殿になっていて「渡殿鷲瑞」という渡殿とつながっている。
拝殿の中央にある「なでおかめ」があってなでると御利益があるというのを後から知った。おかめには気がついたが撫でていいとは思わず、ぜひ次回はリトライしたい。
境内は広々として開放感があるが、おそらく酉の市の時はここが埋まるほど大勢の人で賑わうのだろう。機会があれば酉の市の際にも来てみたいところだ。
御朱印は授与所で拝受できる。御朱印帳を渡して待つ形式だが、よほど混雑していなければその場でささっと書き上げてしまうので長らく待つということは無さそうだ。
2017/11/19
小野照崎神社
台東区下谷にある神社で下町八社巡りの一社。御祭神は小野篁命で平安初期の儒学者、歌人として知られる実在した人物。仁寿二年(852年)に篁公が逝去した際に、住んでいた上野照崎(忍岡)に祀られてのが始まりとされる。
御配神として祀られている菅原道真とともに学問の神様、芸能の神様として崇められている。寛永二年(1625年)上野寛永寺の建立の際に、坂本村の長左衛門稲荷社が鎮座していた現在の場所に遷座。関東大震災や太平洋戦争の災禍も免れ現存している。
日比谷線の入谷駅から徒歩3分の場所にあり、南側の鳥居をくぐって左側に手水舎がある。決して広い境内ではないが、神社にはよくある人を引きつける力のようなものを感じる。
参道を進んで右手奥が拝殿で、その左手に稲荷神社と織姫神社、そして富士山から運んだ溶岩で築かれた富士塚がある。また参道に入ってすぐのところには御嶽神社と三峯神社も合祀されている。
古くから地主神として尊祀されたと言われる稲荷神社の狐像がユニークで身体を伸ばしているような感じ。織姫神社は昭和二十九年に織物組合庭内に奉斎されていたのが合祀されたらしい。
なお御朱印は拝殿に向かって右側にある社務所で拝受できる。御朱印を渡して書き上がるまで待つ形式で、大変丁寧に対応していただきありがたかった。
御配神として祀られている菅原道真とともに学問の神様、芸能の神様として崇められている。寛永二年(1625年)上野寛永寺の建立の際に、坂本村の長左衛門稲荷社が鎮座していた現在の場所に遷座。関東大震災や太平洋戦争の災禍も免れ現存している。
日比谷線の入谷駅から徒歩3分の場所にあり、南側の鳥居をくぐって左側に手水舎がある。決して広い境内ではないが、神社にはよくある人を引きつける力のようなものを感じる。
参道を進んで右手奥が拝殿で、その左手に稲荷神社と織姫神社、そして富士山から運んだ溶岩で築かれた富士塚がある。また参道に入ってすぐのところには御嶽神社と三峯神社も合祀されている。
古くから地主神として尊祀されたと言われる稲荷神社の狐像がユニークで身体を伸ばしているような感じ。織姫神社は昭和二十九年に織物組合庭内に奉斎されていたのが合祀されたらしい。
なお御朱印は拝殿に向かって右側にある社務所で拝受できる。御朱印を渡して書き上がるまで待つ形式で、大変丁寧に対応していただきありがたかった。
2017/11/05
今戸神社
台東区今戸にある神社で、後冷泉天皇康平六年(1063年)に京都の石清水八幡を勧請し創建したのが始まりとされる。後三年の役の後祈願成就を感謝して再建し、江戸時代は今戸八幡宮と呼ばれていた。
御祭神は応神天皇、伊佐那岐命、伊佐那美命、福禄寿で、浅草名所七福神の一社となっている。また招き猫発祥の地であることや縁結びの神様としても知られ、平日でも大勢の参拝客が訪れている。
浅草の繁華街からは少し外れるが、隅田公園の中を歩いて今戸橋跡を抜けると鳥居が見えてくる。参道を進むと右手に招き猫の絵馬?がたくさん掛けられている手水舎があり、その先を右に折れると正面に拝殿が見える。
拝殿手前には今戸焼発祥の地の記念碑と沖田総司終焉之地碑がある。結核を患っていた沖田総司が収容されたとか様々な説があるらしいが詳細は不明。豪徳寺と招き猫発祥争いもあるようでいろいろ興味深い。
招き猫発祥の地というだけあって拝殿には大きな招き猫が鎮座。社殿の右手には授与所があって招き猫にちなんだ授与品も数多く並んでいる。
御朱印は授与所でお願いできるが、授与所前に椅子が並べられているので、そこで書き上がるのを待ったり休憩することも可能。平日でも人が多かったので土日はさらに賑わっているものと思われる。
御祭神は応神天皇、伊佐那岐命、伊佐那美命、福禄寿で、浅草名所七福神の一社となっている。また招き猫発祥の地であることや縁結びの神様としても知られ、平日でも大勢の参拝客が訪れている。
浅草の繁華街からは少し外れるが、隅田公園の中を歩いて今戸橋跡を抜けると鳥居が見えてくる。参道を進むと右手に招き猫の絵馬?がたくさん掛けられている手水舎があり、その先を右に折れると正面に拝殿が見える。
拝殿手前には今戸焼発祥の地の記念碑と沖田総司終焉之地碑がある。結核を患っていた沖田総司が収容されたとか様々な説があるらしいが詳細は不明。豪徳寺と招き猫発祥争いもあるようでいろいろ興味深い。
招き猫発祥の地というだけあって拝殿には大きな招き猫が鎮座。社殿の右手には授与所があって招き猫にちなんだ授与品も数多く並んでいる。
御朱印は授与所でお願いできるが、授与所前に椅子が並べられているので、そこで書き上がるのを待ったり休憩することも可能。平日でも人が多かったので土日はさらに賑わっているものと思われる。
2017/09/01
下谷神社
台東区東上野にある都内最古の稲荷神社。創建は天平二年(730年)峡田稲置らが、上野忍ケ丘の地に大年神・日本武尊の二神をお祀りしたのが始まりとされる。
元々は正一位下谷稲荷社と称していたが、明治五年(1872年)に下谷神社に改め、翌年に郷社に列せられている。東京メトロ銀座線の稲荷町という駅はこの周辺がかつて稲荷町と呼ばれていた名残だ。
浅草通り沿いに赤く大きな鳥居があり、そこから真っ直ぐに進めば境内につながる。二つ目の鳥居をくぐると門があり手前には寄席発祥の地の石碑がある。
門をくぐって左手が手水舎、その奥が境内社の隆栄稲荷神社となる。正面を向くと一対の凛々しい狛犬があり正面は歴史を感じる拝殿。天井には横山大観の描いた龍の絵が残されている。
御朱印は社務所で御朱印帳を渡して番号札を受け取り待つ形式。この日は毎月一日限定の御朱印をいただけるとあって平日でも混雑していた。
広い境内とは言えないが、趣があって厳かな雰囲気が流れている。おそらく限定御朱印の日以外は静かだと思われるので再度ゆっくり訪れたい。
元々は正一位下谷稲荷社と称していたが、明治五年(1872年)に下谷神社に改め、翌年に郷社に列せられている。東京メトロ銀座線の稲荷町という駅はこの周辺がかつて稲荷町と呼ばれていた名残だ。
浅草通り沿いに赤く大きな鳥居があり、そこから真っ直ぐに進めば境内につながる。二つ目の鳥居をくぐると門があり手前には寄席発祥の地の石碑がある。
門をくぐって左手が手水舎、その奥が境内社の隆栄稲荷神社となる。正面を向くと一対の凛々しい狛犬があり正面は歴史を感じる拝殿。天井には横山大観の描いた龍の絵が残されている。
御朱印は社務所で御朱印帳を渡して番号札を受け取り待つ形式。この日は毎月一日限定の御朱印をいただけるとあって平日でも混雑していた。
広い境内とは言えないが、趣があって厳かな雰囲気が流れている。おそらく限定御朱印の日以外は静かだと思われるので再度ゆっくり訪れたい。
(追記)2019.01.01
新年の限定御朱印が頒布された。書き置きのみで1月1日~1月15日まで。
2017/05/28
水天宮
日本橋蛎殻町にある神社で福岡県久留米市の久留米水天宮の分社。御祭神は天御中主神、安徳天皇、建礼門院、二位の尼で日本橋七福神巡りの弁財天も祀られている。
水天宮と言えば安産や子授けのご神徳があることで有名だが、水難除けや芸能祈願などにもご利益がある。
本来は第九藩主・有馬頼徳公の屋敷神として祀られたもので、庶民の参拝は許されなかったが、毎月5日の縁日に屋敷が開放されたため「なさけ有馬の水天宮」という言葉が江戸で流行ったという。
明治4年に屋敷の移転とともに青山に移ったものの翌年には現在の日本橋蛎殻町に移転。平成28年4月に新社殿が完成し、境内は最新の建築技術が施されたビルのような構造になっている。
階段を上っていくと広場のような境内が開け正面に社殿が構えている。左手には手水舎、参道の途中には末社の辨財天や安産子育河童などが並ぶ。参道に入る前にはマッチョな狛犬が出迎えるが、これはブリヂストンの創業者・石橋正二郎が奉納したものだ。
完全にビル構造になっている社務所(授与所)の階段をさらに上っていくと御朱印受付コーナーがあり、そこで御朱印をお願いする。お受けする際に御饌米と由緒記もいただくことができた。
水天宮と言えば安産や子授けのご神徳があることで有名だが、水難除けや芸能祈願などにもご利益がある。
本来は第九藩主・有馬頼徳公の屋敷神として祀られたもので、庶民の参拝は許されなかったが、毎月5日の縁日に屋敷が開放されたため「なさけ有馬の水天宮」という言葉が江戸で流行ったという。
明治4年に屋敷の移転とともに青山に移ったものの翌年には現在の日本橋蛎殻町に移転。平成28年4月に新社殿が完成し、境内は最新の建築技術が施されたビルのような構造になっている。
階段を上っていくと広場のような境内が開け正面に社殿が構えている。左手には手水舎、参道の途中には末社の辨財天や安産子育河童などが並ぶ。参道に入る前にはマッチョな狛犬が出迎えるが、これはブリヂストンの創業者・石橋正二郎が奉納したものだ。
完全にビル構造になっている社務所(授与所)の階段をさらに上っていくと御朱印受付コーナーがあり、そこで御朱印をお願いする。お受けする際に御饌米と由緒記もいただくことができた。
小網神社
人形町に近い日本橋小網町にある強運厄除、金運アップのご利益があると有名な神社。御祭神は倉稲魂神、市杵島比賣神(弁財天)、福禄寿で銭洗い弁天としても知られる。
創建は文正元年(1466年)、辺りで悪疫が流行していた際に網師の翁を稲荷大神と崇めれば悪疫は消滅するとご神託があり、それに従って村人が神社を建てたのが始まりとされる。
第二次世界大戦の際に当神社の御守を受けた兵士が全員生還したり、東京大空襲の中で社殿を含む境内建物が戦災を免れるなど「強運厄除の神さま」として崇められる数々の理由があるようだ。
現在はビルの谷間に位置し、境内も小さいため鳥居をくぐるとすぐ右手が手水舎、目の前はすぐ拝殿となる。手水舎の奥には中央区指定文化財にもなっている神楽殿、左手には福禄寿や弁財天など密度が高い。
御朱印は境内左手にある社務所でいただける。福禄寿と弁財天の御朱印は次回お詣りにきた際にいただくことにして、今回は小網神社と例大祭の限定御朱印を受けることにした。
限定御朱印は書き置きのみで見開きタイプ。御朱印帳にお貼りくださいと案内があった。折り曲げて自分で貼るのは緊張するが後ほどチャレンジしたい。
創建は文正元年(1466年)、辺りで悪疫が流行していた際に網師の翁を稲荷大神と崇めれば悪疫は消滅するとご神託があり、それに従って村人が神社を建てたのが始まりとされる。
第二次世界大戦の際に当神社の御守を受けた兵士が全員生還したり、東京大空襲の中で社殿を含む境内建物が戦災を免れるなど「強運厄除の神さま」として崇められる数々の理由があるようだ。
現在はビルの谷間に位置し、境内も小さいため鳥居をくぐるとすぐ右手が手水舎、目の前はすぐ拝殿となる。手水舎の奥には中央区指定文化財にもなっている神楽殿、左手には福禄寿や弁財天など密度が高い。
御朱印は境内左手にある社務所でいただける。福禄寿と弁財天の御朱印は次回お詣りにきた際にいただくことにして、今回は小網神社と例大祭の限定御朱印を受けることにした。
限定御朱印は書き置きのみで見開きタイプ。御朱印帳にお貼りくださいと案内があった。折り曲げて自分で貼るのは緊張するが後ほどチャレンジしたい。
(追記)2017.10.27
平成29年10月27日(金)~29日(日)まで、弁財天大祭を記念して限定の特別御朱印と財運守(600円)が授与された。
土・日は台風と重なったため金曜日に行くことができてよかった。平日でも近所の会社の人たちが参拝に来ていて賑わっていた。
2017/04/30
住吉神社
かつては海上安全、渡航安全の守護神として信仰を集め、月島や勝どきなどの埋め立てが進む中、今でも地域の産土神(氏神)として信仰されている。
佃公園に隣接しており、朱色の一の鳥居をくぐり民間の住居の間の参道を進むと二の鳥居が見えてくる。その手前右手には明治時代からあり中央区民有形文化財に登録されている手水舎がある。
二の鳥居の先に拝殿があり左奥にはレンガ造りの旧神輿庫があって、これがなかなかいい雰囲気を放っている。境内社は龍神社を始めとして、入船稲荷神社、船魂神社、疱瘡神社、古河神社の5社。藤棚が見頃で人が大勢集まっていた。
豊玉比売命、於迦美大神、龍姫大神を御祭神とした龍神社は境内社としては規模も大きく、文政五年(1822年)に造営され、天保九年(1838年)に龍神(於迦美大神)を祀る祠と合祀された。
御朱印は境内左手にある社務所で住吉神社と龍神社の2つをいただける。なお、私はお受けしなかったがオリジナル御朱印帳も用意されているようだ。
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