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2026/09/05

西久保八幡神社

 港区虎ノ門にある神社。公式ページによると“寛弘年中(1004~1012年)に源頼信が石清水八幡宮の神霊を請じて霞ヶ関のあたりに創建”とある。その後、江戸城築城に際し太田道灌により現在地に遷された。

西久保八幡神社 一の鳥居

江戸時代には江戸八所八幡の一つに数えられ賑わいがあったが、何度も火災に遭い焼失。再建が繰り返された。近年では昭和20年(1945年)に戦災に遭い消失。令和元年から境内整備事業が進められ、現在の本殿・幣殿・拝殿を連結した複合社殿が再建された。

西久保八幡神社 二の鳥居

境内は東京メトロ日比谷線「神谷町駅」から徒歩3分の場所にある。国道一号線沿いを歩くと鳥居があり、石段を上った先に二の鳥居。参道を進むと正面に社殿が見える。左手に手水舎があり、右手奥に社務所が確認できる。

西久保八幡神社 社殿

境内末社は3社で、社殿に向かって右手に人麿社(柿本人麻呂)、稲荷社(宇迦之御魂神)があり、庚申社(猿田彦神)は最初の石段を上る手前の右手にある。こちらも新しいので、社殿再建時に新しくなったものと思われる。

西久保八幡神社 境内社

なお、社務所にてインターホン呼び出しで御守り・御札などを拝受可能だが、「御朱印」としては対応していない。但し、参拝記念スタンプとして書き置きタイプのものが用意され、自分で賽銭箱に初穂料300円を納め受け取るようになっている。

西久保八幡神社 記念スタンプ

周辺は高層ビルが建ち並び、都心の神社らしい雰囲気だが境内は穏やかな空気が流れている。参拝時は雨天だったにも関わらず、外国人も含め参拝者が多くみられた。境内に屋根付きのベンチもあり、雨の中しばらく休憩できた。

西久保八幡神社 参拝記念スタンプ

2026/08/11

御穂鹿嶋神社

 港区芝にある神社。もともとは御穂神社と鹿嶋神社の2つの神社だった。創建は御穂神社が文明11年(1479年)、鹿嶋神社は寛永年間(1624年~1644年)と伝えられているが、平成16年(2004年)に合祀。御穂鹿嶋神社と称されるようになった。

御穂鹿島神社 鳥居

境内は都営浅草線・都営三田線「三田駅」から徒歩3分の場所にある。目の前が本芝公園だが、境内の敷地面積は大きくはなく、鳥居をくぐるとすぐに社殿。手水舎は左手前にあり、境内右手には境内社(天満社・稲荷社・住吉社)合殿が見える。

御穂鹿島神社 社殿

境内に向かう途中に躍動感のある狛犬がいて導いてくれる。古典落語の演目『芝浜』は、この付近のことで、かつて漁師が魚を売買する「雑魚場」があった。鳥居の左手には芝濱(芝浜)囃子の碑も確認できる。

御穂鹿島神社 狛犬

この地はかつては海岸線で、勝海舟と西郷隆盛が江戸城の無血開城に関する会談を行ったとされていて境内のすぐ近くに記念碑があった。現在は高層ビルが建ち並ぶオフィス街だが、さまざまな歴史を感じることができる。

御穂鹿島神社近く

御朱印は社殿左手奥にある社務所で拝受できる。御朱印は御穂神社と鹿嶋神社に分かれていて、初穂料はそれぞれ500円。窓口で御朱印帳を渡すと直書きで対応していただける。御札・御守りなど受ける際もこちらで対応している。

御穂鹿島神社 御朱印


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2026/05/03

飯倉熊野神社

 港区麻布台にある神社。古書など資料焼失のため創建は不詳ながら、社伝によると元正天皇御代(680~748年)、養老年間(717~724年)に芝浦海辺の地に鎮座ありとされる。

飯倉神社 鳥居

また、文明年間(1469~1487年)に太田道灌によって再建され、数多の品物が寄進されたとある。江戸名所図会には「養老年中に芝浜に勧請後この所に遷す云々」とあるため、南北朝時代には現在の地にあったと推測される。

境内は麻布台のビル群の中にあり、都営大江戸線「赤羽橋駅」から徒歩7分程度。麻布台ヒルズ方面に抜けると東京メトロ南北線「六本木一丁目駅駅」にも出られる。境内は規模は小さいものの、社務所をビルの1階にするなど工夫されている。

飯倉熊野神社 社殿

飯倉熊野神社は太田道灌ゆかりの社であり、境内末社として恵比寿大田稲荷社が社殿の手前に確認できる。社務所ビル側には手水舎や小賽銭箱に100円を納めて引けるおみくじなどが配置されていた。

境内末社

御朱印は社務所の窓口で、インターホンを押すと対応していただける。通常タイプは直書きだが、今回は書き置きタイプの「端午の節句御朱印」を拝受した。どちらも初穂料は500円。また、それとは別におからすさんとも呼ばれる「牛王神符」もいただいた。






2019/07/18

白金氷川神社

港区白金にある神社で創建は白鳳年間(673~685年)と伝えられている。東京都神社庁のサイトによれば日本武尊御遠征の時、素盞嗚尊を勧請した武蔵の国一の宮氷川神社の遙拝所として当所に御鎮座されたとある。


明和九年に起きた「明和の大火」の大火により社殿が焼失。その後、嘉永五年に再建されるも昭和二十年の東京大空襲で再び焼失。現在の社殿は昭和三十三年に再建されたもので、平成十二年には北里通り沿いに大鳥居が造られた。


境内は白金高輪駅から徒歩3~4分ほどの場所にあり、鳥居をくぐると石段を上った先に社殿が確認できる。石段を上りきったところで味のある狛犬が出迎えてくれる。左手には手水舎、正面が拝殿となる。


社殿の左奥には境内社の建武神社が鎮座。後醍醐天皇・護良親王・楠正成などの203柱の南朝の忠臣が祀られている。昭和十一年に建武義会が上大崎に創建した建武神社を遷座したものと言われる。また社殿の右手には稲荷神社も鎮座する。


御朱印は境内右手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で授与所窓口から御朱印帳を渡し書き上がるのを待つ形式。初穂料は300円で宮司様に大変丁寧に対応いただいた。


2019/01/29

虎ノ門 金刀比羅宮

港区虎ノ門にある神社。公式ページよると万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主だった京極高和が藩領内の象頭山に鎮座する、金刀比羅宮(本宮)の御分霊を三田の地に勧請したのが始まりで、延宝七年(1679年)に現在の虎ノ門に遷座した。


江戸時代から金毘羅大権現と称されていたが、明治二年(1869年)の神仏分離令により事比羅神社と社号を改称、その後、明治二十二年(1889年)に金刀比羅宮に改められて現在に至る。


東京メトロ虎ノ門駅の2番出口からすぐの場所に境内がある。近代的なオフィスビルに囲まれた中にあり、よくある境内のイメージとは異なるが桜田通りの大鳥居をくぐると右手に手水舎があり、その前方には拝殿が見える。


ビルの中にありながら社殿には存在感があり、全く窮屈な雰囲気はない。境内にはベンチが並んでいるので休憩も可能で、キッチンカーで出店があってオープンな感じになっている。周辺のビジネスマンらしき人たちも参拝に訪れるようだ。


境内末社として喜代住稲荷神社と結神社があり、結神社には江戸時代から良縁を求める女性から厚い信仰があり『新撰東京名所図会』にも記録が残る。良縁祈願紐を専用台に結びつけるのだが隙間もないくらいだった。


なお御朱印は授与所で拝受できる。窓口で御朱印帳を渡して番号札を受け取り、書き上がるのを待つ形式で、初穂料の指定はなくお気持ち(志納)となっている。オリジナルの御朱印帳もあるようだ。


2018/12/17

三田春日神社

港区三田にある神社で、創建は天徳二年(958年)武蔵国国司藤原正房卿任国の際に藤原氏ならびに皇室外戚の氏神である大和国春日社第三殿に祀る天児屋根命の御神霊を勧請したのが始まりとされる。


公式ページによれば江戸府内唯一の春日社として徳川将軍をはじめ江戸城登城の諸大名の崇敬も厚かったとされる。天文年間に現在の地に遷座し明治5年村社に列。平成六年に赤羽稲荷神社を境内に遷座した。



JR田町駅から慶應義塾大学三田キャンパス方面に歩き、桜田通りを東京タワーの見える方向に進むと左手に鳥居が見える。石段を上って左手に手水舎があり、正面が拝殿。右手には社務所が見える。


社殿左奥には境内社として赤羽稲荷神社と福徳稲荷神社が鎮座。この周辺の神社の特徴として境内にベンチが置かれ休憩スペースが設けられている。昼食時にはビジネスマンが一息つける絶好の場所になるようだ。


御朱印は社務所の窓口で対応していただける。インターホン呼び出し形式で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。なお初穂料は定められておらずお気持ち(志納)となっている。


2018/12/11

出雲大社東京分祠

港区六本木にある神社。公式ページによれば出雲大社の御祭神大国主大神の御分霊を奉斎する都内唯一の分祠で、第八十代国造、出雲大社教初代管長の千家尊福公によって明治の初期に創設されたとある。


御祭神は大国主大神で縁結びの神としてよく知られており、場所も六本木にあるということもあって参拝者が絶えない。神社の説明書きによると男女の縁だけでなく“お互いの幸福のためのすばらしい縁がむすばれる”という意味があるらしい。


六本木駅から西麻布方面に歩いて右奥に少し入ったビル街の中にある。神社というとビル街にあってもそこだけ異空間のように境内があるのだが、ここは完全にビル街に溶け込んだようになっている。


いただいた写真資料を見ると昭和五十六年までは鳥居を構える境内が確認できるが、現在は最新の都会型神社形態となっている。階段を上っていくと社殿がビルの3階にあり、左手には手水舎が見える。


手水舎のさらに左側には祓社があって、参拝者はここで社殿(神殿)の参拝前に心身を祓い清める形式になっている。なお、出雲大社の参拝方法は二拝四拍手一拝なので注意が必要だ。


御朱印は授与所(御守所)ではなく社務所で拝受できる。インターホンを押すと窓が開いて対応していただく。御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ形式で初穂料は300円。出雲大社の御朱印帳もあるようなのだが確認できなかった。


2018/11/05

芝東照宮

港区芝公園にある神社。元和三年(1617年)に増上寺境内に安国殿と称し徳川家康を祭神として創建。安国殿とは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」に由来する。


明治初期の神仏分離のため安国殿は増上寺から分かれ明治六年に東照宮と改称して郷社に列格。御神像を本殿に安置・奉斎した。昭和二十年(1945年)の東京大空襲で社殿は焼失したが、昭和四十四年(1969年)に復興奉賛会により現社殿が完成した。


都営三田線の芝公園駅から日比谷通りを歩いてすぐの場所に鳥居が見える。参道に一対の大きな狛犬があり、そのまま真っすぐに進んで石段を少し上ると右手に手水舎がある。その先が社殿で左手には「葵の井戸」と呼ばれる井戸もある。


また手水舎の奥には東京都の天然記念物に指定されている御神木。これは寛永十八年(1641年)安国殿の再建に際し、三代将軍徳川家光公が植えたものと伝えられているもので、1993年の調査では高さが21.5m、幹囲約6.5m、根元の周囲が約8.3mあった。


戦後再建された社殿は鉄筋コンクリート造で色も鮮やか。旧社殿の面影はないが、御神像の寿像は御神木とともに残存する。芝公園内にあるため東京タワーも間近に見ることができ観光スポットにもなっているようだ。


御朱印は社務所で拝受できる。窓口で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ形式で初穂料は500円。御朱印は手書きで丁寧に対応していただき大変ありがたかった。


今回は日光杉並木の古材を使用した木製の御朱印帳もいただいたので御朱印と合わせて2,000円。大判にもかかわらずとても軽く、置いておくだけで木の香りがして癒やされる。




御田八幡神社

港区三田にある神社。公式ページによれば和銅二年(709年)に東国鎮護の神として鎮祀され延喜式内稗田神社と伝えられ、その後の寛弘八年(1011年)武蔵野国御田郷久保三田の地に遷座され嵯峨源氏渡辺一党の氏神として尊崇されたとある。


明治七年に三田八幡神社と改称したが、明治三十年には三田の冠称を御田の旧名に復し御田八幡神社と称するようになった。昭和二十年の東京大空襲で社殿を焼失するが、昭和二十九年には本殿権現造、幣殿・拝殿・神楽殿・社務所が再建された。


田町駅または泉岳寺方面から第一京浜沿いを進んでいくと、ビルに大きな社名をつけた看板?があるのですぐにわかる。鳥居をくぐり参道を進むと石段があり上りきった先が拝殿となる。


石段の手前には小さな池があり金網で囲まれた一対の狛犬に出迎えられる。石段の先右手に手水舎があり、その左前方には神楽殿が見える。拝殿の手前にも一対の狛犬があり元禄九年(1696年)に奉納されたものらしい。


社殿左手には境内社の五光稲荷神社と御嶽神社が並ぶ。その先に見立たないが稲荷社があって鳥居には伏見稲荷神社という表記がされていた。昼時は周辺のビジネスマンの休憩所になっているらしくかなりの人がいた。


御朱印は社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で窓口で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。オフィス街にある神社だが竹林などもあってここだけ異空間という感じになっている。