ラベル 北区 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 北区 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026/05/08

岩淵八雲神社

 北区岩淵町にある神社。由緒書きによると江戸時代に徳川将軍が日光東照宮に参詣する際に利用した岩淵宿の鎮守の社で、主祭神は建速須佐之男命。創建は不詳ながら江戸時代に編纂された『新編武蔵国風土記原稿』に記されている。

二の鳥居

また、勝海舟の直筆の大幟(おおのぼり)が納められており、昭和五十年代まで祭りの際に掲げられていた。境内は東京メトロ南北線「赤羽岩淵駅」から荒川方面に向け、住宅地の中を進んだ徒歩5分の場所にある。

手水舎

境内はきれいに整備されており、古くから荒川氾濫に悩まされてきたこともあり、水神社が祀られている。また、末社として白山神社、大六天神社、稲荷神社、御嶽神社、市杵島神社の5社も祀られており、一度枯れかけて蘇ったご神木も確認できる。

社殿

参道は一の鳥居から二の鳥居に進む途中、左手に手水舎がある。狛犬に出迎えられた先、正面に社殿。その左手に神楽殿、さらに奥には神輿庫が並んでおり、一見すると規模は大きく見えないのだが、実際は広いことが分かる。

水神社

御朱印は参道の途中、左手の社務所で拝受できる。境内に出ていると表示があったが神職は確認できず、インターホンで呼び出して対応いただいた。初穂料は500円で直書きのものを受けることができありがたかった。

御朱印

2019/05/01

平塚神社

北区上中里にある神社。公式ページの説明によると創立は平安後期元永年中で、八幡太郎源義家公が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ、領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜したとされる。


近義は拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き自分の城の鎮守とした。塚は甲冑塚と言われていたが、高さがないために平塚とも呼ばれ、やがて近義は社殿を建てて義家・義綱・義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀った。


境内は本郷通りに面しており、JR上中里駅からは南側に出て坂を上っていく。今回は自転車で行ったが、徒歩ならば東京メトロ南北線の西ヶ原駅から本郷通りに歩いた方が楽に行けると思われる。


本郷通りからは長い参道があり両側は駐車場として利用されている。途中の鳥居をくぐり、さらに小さな二ノ鳥居の正面が拝殿となる。参道の左手に手水舎があり、拝殿手前で獅子山と狛犬に出迎えられる。


拝殿の手前、手水舎の左奥には境内社が並んでおり、御料稲荷神社・大門先元稲荷神社と菅原神社が鎮座。また石室神社は、豊島氏の後に当地の領主となった蘓坂兵庫頭秀次が祀られている。


なお御朱印は社殿左奥にある社務所で拝受できる。今回は令和元年の初日ということもあり、すぐに対応いただけたが不在の場合も多い。3回目のお詣りで、しかも令和になった日にいただけたのはありがたい。


2019/02/14

装束稲荷神社

北区王子にある神社で、王子稲荷神社の摂社。大晦日になると関東一円の狐がこの神社の榎に集まり装束を整え、近くの王子稲荷神社へ初詣をしたという伝説があり、歌川広重の浮世絵にも描かれている。


境内掲示には「昭和20年4月13日の大空襲の際猛烈な勢いで東南より延焼して来た火災をここで完全に食い止めて西北一帯の住民を火難から救った」とあり、火防の神としての信仰も厚い。


JR王子駅から徒歩3分程度の場所にあり、社殿の他に装束榎の碑も確認できる。関東三大稲荷の一つとする説もあるが、王子稲荷神社が源頼義より「関東稲荷総司」の称号をいただき、当社が王子稲荷神社の摂社であることから考えると王子稲荷神社の誤りでは?と考える。(あくまで個人的な推察)


通常は社務所は閉まっており無人だが、初午祭と二の午祭には火防凧やお守りなどの授与や書き置きの御朱印をいただくことができる。なお、御朱印は4種類くらいの書体のものが用意され、選ぶことができる。


2018/02/07

王子稲荷神社

北区岸町にある神社で創建時期は不詳。北区の観光ページによれば大晦日に稲荷の使いである狐が、近くの榎の下で身なりを整え、この神社に初詣をするという言い伝えがあり、江戸時代から庶民に親しまれていたらしい。


康平年間(1058~1065年)に源頼義が「関東稲荷総司」として崇めたとも言われ、元々は岸稲荷と称していたが、元亨二年(1322年)に岸村が王子村に改称されたことから王子稲荷と称されるようになった。


JR王子駅を出て線路沿いに北上すると神門がある。鳥居をくぐって石段を上りきった先に拝殿がある。通常平日は神門が閉じられているようだが、本日は初午祭なので露店が連なり大勢の参拝客で賑わっていた。


神門を入ってすぐ右奥には市杵島神社があり、拝殿の右奥に本宮、その脇には亀山稲荷神社、嬉野森稲荷神社、北村稲荷神社の合祀殿。神楽殿や資料館など見どころがたくさんある。


なお御朱印は拝殿右手にある社務所で拝受できる。初午祭の本日は書き置きのみの対応で初穂料は500円。通常サイズの他に御朱印帳に貼ることができる小さなサイズのものも用意されていた。


(追記)2019.02.14
平成31年2月14日(木)凧市(二の午)での御朱印が頒布された。色の付いた文字で種類の違いがあり選ぶことができる。(写真は紺色)



2018/01/10

赤羽八幡神社

北区赤羽台にある神社。創建は延暦三年(784年)朝廷より奥州鎮圧を命ぜられた坂上田村麿呂が東征の際に当地に陣を敷いた際に八幡三神を勧請のが始まりと伝えられる。


その後、源頼光が社殿を再興、源頼政が改修、太田道灌の父・資清が社領として土地を寄進し、道灌が社殿を再興。江戸時代には赤羽根村、下村、袋村、稲付村、岩淵郷の総鎮守とされた。


御祭神は品陀和気命、帯中津日子命、息長帯比売命だが、授与品に「∞」が入っていることから関ジャニ∞のファンに人気があるらしい。


さらに境内から京浜東北線、高崎線、埼京線の3路線に新幹線が走るのが見えるので鉄道ファンの極秘スポットとも言われる。確かに高台にあって眺めが非常に良い。


赤羽駅から線路沿いに歩き高架の先の鳥居をくぐると左手が石段でかなり急坂になっている。上りきった左手に手水舎、正面が拝殿で左右に境内社が鎮座する。


左手にあるのは北野神社、御岳神社、阿夫利神社、大山神社、住吉神社、稲荷神社、大國主神社、疱瘡神社、古峯神社の合祀社でなかなかの迫力がある。右手にあるのは天祖神社、春日神社の合祀殿と招魂社となる。


なお御朱印は境内左手にある授与所で拝受できる。オリジナル御朱印帳もあるようだが、今回は御朱印と一緒に方位除け御守をいただいた。


(追記)2019.06.16
令和になって初めて参拝し新しい方位除けお守りと御朱印をいただいた。


(追記)2020.01.20
令和二年一月(1/8~)の御朱印と方位除けお守りをいただいた。




2017/06/22

王子神社

北区王子にある神社で東京十社の中の一社にも数えられる。創建の詳細は不明だが、社伝によれば源義家の奥州征伐の折に当社で慰霊祈願を行ったと伝えられ、古くから聖地として崇められていたらしい。


御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大御神、速玉之男命、事解之男命の五柱で総称して王子大神と呼ぶ。徳川家とも縁が深く江戸時代には王子権現という名称で江戸名所の一つとなった。


JR王子駅の近くにあり、音無親水公園からも境内に入れるのだがそこは表参道ではない。一度公園を抜けて回り込むように高台を上ると鳥居が見える。


大鳥居をくぐって境内右手には手水舎があり正面が拝殿。戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と言われる巨木など多くの樹木が茂っていたそうだが、戦災で大イチョウを残しほとんど焼失したらしい。


境内社は拝殿に向かって左手に関神社がある。全国でもめずらしく髪の祖神を祀るもので御祭神は蝉丸公。戦災で焼失したものを髢、鬘、床山、舞踊、演劇などの業界関係者が昭和三十四年に再建した。


なお御朱印は拝殿右手にある社務所でお願いできる。呼び出しボタン方式で多くのお守りが並べられ、平日でも少ないながらお詣りに来る人が絶えることがない。


2017/05/22

七社神社

北区西ヶ原にある神社。寛政五年の火災により古文書等が焼失したことにより創建年代は不明だが翌年の秋分の日には社殿が再建され、この日を大祭日としている。


江戸時代まで七柱の神を祀っていたことから七所明神と呼ばれ、古くから子宝・子孫繁栄のご神徳があるとして崇敬を集めていたらしい。


御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天児屋根命、伊斯許理度売命、市寸島比売命、仲哀天皇、応神天皇でもともとあった一本杉神明宮は明治二年に七社神社遷座の際に天祖神社に改称し境内末社となった。


本郷通沿いに大鳥居があり、そこをくぐって真っ直ぐ進むと二の鳥居が見えてその先が境内となる。右手に手水舎、左手に神楽殿があって正面が社殿という配置。広々として緑も多くとても落ち着く。

社殿手前には子を抱いた一対の狛犬があり、その左手にいくつかの境内社がある。天祖神社の他に稲荷神社、熊野神社、菅原神社、三峯神社、疱瘡社が祀られている。


御朱印は社務所でお願いすることができる。インターホンで呼び出すと中に案内され、手作りのしおりもいただいた。猛暑の中でも境内が気持ちよかったのでしばらく休憩させていただいた。


(追記)2019.05.01
新帝陛下御即位を奉祝して頒布された御朱印をいただきました。


2017/05/04

瀧野川八幡神社

新板橋と西巣鴨の中間くらいの北区滝野川にある神社で御祭神は品陀和気命(応神天皇)。創建は建仁2年(1202年)と言われ、古くから旧滝野川村の鎮守として信仰を集めている。


社殿の裏手から縄文時代後期の住居跡が発見されるなど考古学的にも貴重な地にあリ、戦前までは社務所で滝野川人参や練馬大根の種子の会合が開かれていたらしい。


大鳥居をくぐると時代を感じる狛犬が一対。すぐ左手に手水舎、右手に神楽殿があり参道を少し進んだ正面が拝殿となる。本殿や拝殿の緻密な彫刻からも歴史ある神社ということがわかる。


また右奥には境内社として稲荷神社(倉稲魂命)、富士神社(木花開耶姫)、榛名神社(埴安姫神)の三社合祀殿が見える。


御朱印は拝殿手前の左手にある社務所で受けることができる。インターホンで呼び出す形式だが宮司さんに丁寧に対応いただいた。


以前は書き置きのみだったらしいが、現在は勝利の神と崇められたことにちなみ、V(ビクトリー)・ピース(平和)型に祈りを込めた御朱印が受けられる。