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2026/09/02

天祖・諏訪神社(大井神明宮)

 品川区南大井にある神社。公式ページによると“古くは神明宮、諏訪社と称し氏子を同じくし東京湾に面し立会川をはさみ併祀されていた”とある。天祖・諏訪と併記されているのはそのためと思われる。

天祖・諏訪神社 鳥居

天祖神社の創建は不詳ながら、「大井郷之図」などの記録によると平安時代末期(1100~1190年)とされている。諏訪神社の創建も不詳だが、江戸時代初期の寛永8年(1631)以前と考えられている。

天祖・諏訪神社 手水舎

昭和40年(1965年)になり、神明造の社殿が天祖神社境内に建造され、11月1日両社を合祀し天祖・諏訪神社となった。また令和になり、兼務社の濱川神社(厄神さま)の御分霊を当社に併祀。『七柱の神さま』をお祀りする神社となった。

天祖・諏訪神社 社殿

境内は京浜急行「立会川駅」から徒歩1分の場所にあるが、鳥居をくぐり参道を通るには商店街を抜けて回り込む必要がある。参道を進むと右手に手水舎があり正面が社殿。また右手奥には弁天池と境内社の嚴島神社が見える。

境内社 嚴島神社

社殿前の狛犬は諏訪神社に安置されていた狛犬(慶應3年に奉納)で、天祖神社の狛犬(天明7年に奉納)は経年劣化により損傷しているため、合祀以後境内より下げられ奥に並べられている。

天祖神社の狛犬

社殿左奥のあまり目立たない場所には境内末社の稲荷社が鎮座。毎年二月の初午祭では、子どもたちにお菓子などが振る舞われている。また、東海七福神の一社として福禄寿が祀られており、初詣の期間中は拝み処が設けられる。

境内末社 稲荷社

なお、御朱印は境内左手にある社務所の授与窓口で受けられる。インターホンで呼び出すと対応していただける。御朱印の初穂料は500円で直書きしていただいた。また、嚴島神社の御朱印もありこちらは書き置きのみとなっている。

天祖・諏訪神社 御朱印


2026/08/16

大井蔵王権現神社

 品川区大井にある神社。創建年代は不詳ながら、新編武蔵風土記稿には“鳥羽院の皇胤信光の嫡男、頭中将光政が子どもに恵まれず、蔵王権現に誓願したところ、一子を授かったことで蔵王権現を創建した”といった旨が記されている。

大井蔵王権現神社 鳥居

これが当社のことではないかとされている。また、広町・大井一丁目は旧名を権現台・鎧ヶ淵と呼ばれていたが、その地名の由来となったとも言われている。権現台の鎮守として何度も移転を重ね、現在の社殿は昭和六十三年(1988年)に氏子の寄付により建てられた。

大井蔵王権現神社 手水舎

その他、江戸時代に流行った火事・疫病から大井村の人々を救ったのが権現神社の天狗とする伝説があり、今も毎年4月第3土・日に行われる例大祭は通称「天狗祭り」と呼ばれている。その際の神輿には巨大な天狗の顔が鎮座している。

伏見玉光稲荷大明神

境内はJR・東急大井町線「大井町駅」から徒歩5分の立会道路(立会川が暗渠化された)沿いにある。途中には伏見玉光稲荷大明神もあり人通りが多く参拝する人が絶えない。鳥居をくぐるとすぐ右に手水舎、正面が拝殿となっている。

荏原七福神 福禄寿

御朱印は社殿左手にある社務所の窓口で対応している。初穂料は500円で、通常の直書きタイプ以外に、書き置きタイプの限定御朱印も数多くある。また、荏原七福神めぐりの福禄寿も祀られており、あわせて参拝できる。

大井蔵王権現神社 御朱印


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2019/09/07

雉子神社

品川区東五反田にある神社。創建は不詳だが文明年中(1469~1487年)の時期とされており、いただいた資料によるともともとは荏原宮、大鳥明神、山神の社などと呼ばれていたらしい。

江戸時代の慶長年間、三代将軍家光公がこの近くに鷹狩りに立ち寄った際に、一話の白い雉がお宮に飛んで入ったのを追ってお参りをした。村人が神社名を尋ねられ大鳥明神さまと答えると、これからは「雉子の宮」と呼ぶように命じたという。


境内は五反田駅の東口を国道1号線沿いに坂を上っていくとある。鳥居が見えるのでわかるが、オフィス街の中で12階建てビルの1F部分なので、うっかりすると通り過ぎてしまう。鳥居をくぐり階段を上った左手に手水舎がある。


さらにその右奥に拝殿や本殿があるが、本殿の上は吹き抜け構造になっており、天に向かって空いている。拝殿の左にはガラス張りの神輿庫があり、その奥は境内社の三柱神社。大国主命・倉稲魂命・埴山姫命がお祀りされている。


御朱印は社殿右手にある社務所で拝受できる。初穂料はいただかない考えとのことで賽銭箱に気持ちを納めることとした。書き手不在の時もあり、いつも対応していただけるとは限らない。


ビル1階にある境内というと息苦しいイメージがあるかもしれないが不思議なことに風が吹き抜けて心地よい。手水舎の脇にはベンチが設置されているので、休息も可能。残暑の厳しい日だったため助かった。


2019/05/29

桐ヶ谷氷川神社

品川区西五反田にある神社。しながわ観光協会のサイトによれば創建年代は不詳ながら江戸時代初期の元禄年間にはすでにあったことが記録に残るとある。これは新編武蔵風土記のことで元禄年間社地免除の事が記されている。


かつての荏原郡桐ヶ谷村の鎮守で、御祭神は素盞嗚命。境内は不動前駅から徒歩3分ほどの高台にある。かつては本殿の崖下に江戸七瀑布の一つに数えられた「氷川の滝」があり、水量は減ってしまったが今もその面影が残る。


鳥居をくぐり参道を進むと石段があり、途中で一対の狛犬に出迎えられながらさらに上ると手水舎が見えてくる。そこから左手の前方に進むと昭和十三年に造られた社殿がある。檜材白木の權現造り銅板葺社殿だが戦災を免かれ現存している。


その他に境内には神楽殿や社務所の建物、境内社として忍田稲荷大明神が鎮座。立札の由緒書には明治四十一年九月、桐ケ谷村の八幡神社、諏訪神社、第六天神社の御祭神を氷川神社に合祀した際に袖ヶ崎神社の忍田稲荷大神を末社として勧請したとある。


なお御朱印は社務所で拝受できる。今回は宮司様ご不在とのことで書置き対応。インターホン呼び出し形式で初穂料は300円を収めた。大変丁寧に対応していただきありがたかった。


2019/01/11

居木神社

品川区大崎にある神社。創建年代は不詳だが公式ページには古い記録で元々は武蔵國荏原郡居木橋村(現在の山手通り居木橋付近)にあり、雉子ノ宮」と称されていたらしい。江戸時代初期に目黒川氾濫の難を避けるために現在地に遷座した。


遷座の際に貴船明神春日明神、子権現、稲荷明神、を合祀し「五社明神」と称された。明治5年に社号を居木神社に改め、同6年に村社に列格、村内鎮座の稲荷神社、川上神社、本邨神社の3社6座が合祀された。


JR大崎駅西口から徒歩3分の場所に境内があり、高台になっているため少し坂を上ると鳥居が見える。さらに石段を上っていくと鳥居の手前に一対の狛犬があり、鳥居をくぐって左手に手水舎が見える。


正面すぐに拝殿があり、社殿の左奥には境内社の厳島神社と稲荷神社がある。社殿は戦火で消失してしまったが昭和52年に再建。その他、境内には江戸時代の石像物が残っており境内末社の厳島神社は品川区指定有形文化財に指定されている。


社殿の右手に社務所がありお守りなどが頒布されているが、御朱印は別の建物に受付窓口が設けられていた。正月の時期なので行列を避けるために臨時にそうなっているのかもしれない。


通常御朱印から月替りの御朱印まで種類が多いのだが、今回は正月限定の御朱印をいただいた。窓口で御朱印帳を渡して番号札を受け取り書き上がるのを待つ形式で、初穂料は500円だった。


2018/12/23

荏原神社

品川区北品川にある神社。創建は和銅二年(709年)、奈良の元官幣大社・丹生川上神社より高麗神(龍神)を勧請し、長元二年(1029年)に神明宮、宝治元年(1247年)6月19日に京都八坂神社より牛頭天王を勧請したとされる。


古くから品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの武家の信仰を受け、品川宿の総鎮守だったが、江戸時代に5石を品川神社と折半。明治元年には、准勅祭社として定められた。


祈願すれば叶わぬものはないと言われ勝運、学問、商売繁盛、交通安全、病気平癒、家内安全、恋などに特別の御神徳がある。貴布禰祭、天王祭、大鳥祭が毎年行われ、特に6月の天王祭海中渡御が行われる天王祭が有名だ。


境内は京浜急行の新馬場駅から徒歩3分ほどの目黒川沿いにある。赤い鎮守橋を渡ると鳥居があり、その奥に拝殿が見える。鳥居をくぐって参道を進むと左手に手水舎があり拝殿の手前で一対の狛犬に出迎えられる。


なお鳥居の近くには恵比寿像があるが、これは東海七福神の恵比寿神を担っているためで、毎年正月になると恵比寿神の御朱印も拝受できる。また龍神さまと言われていただけあって拝殿の屋根から龍が覗いているのが確認できる。


御朱印は鎮守橋を渡って右手の奥にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で書き置き対応。初穂料は300円で御朱印といっしょに由緒書資料もいただいた。とても丁寧に対応いただきありがたかった。


2018/10/24

品川神社

品川区北品川にある神社。東京神社庁の公式ページによれば創建は文治三年(1187年)に、源頼朝が海上交通安全と祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請したのが始まりで品川大明神と称したとされる。


その後は後醍醐天皇の御世(1319年)に当国の守護職二階堂出羽入道道蘊(貞藤)が、五穀豊鏡・産業発展を祈って宇賀之売命を勧請し、文明十年(1478年)六月に太田道灌が、風水害、疫病退散を祈り牛頭天王を勧請した。


社名が現在の品川神社になったのは明治からで、新編武蔵風土記稿には稲荷社と記されていた。品川神社は北品川宿、荏原神社は南品川宿の鎮守を担っていて両社は朱印地争いを起こすほど対立していたらしい。


境内は京浜急行「新馬場駅」から第一京浜を渡ってすぐの場所にある。一の鳥居は昇龍・降龍が彫られた双龍鳥居で、阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社と宿鳳山高円寺境内の稲荷社のものと合わせ東京三鳥居と言われる。


一の鳥居から石段を上っていくと二ノ鳥居が見えるが、途中の左手には浅間神社の富士塚につながる入口がある。二ノ鳥居の先にはさらに鳥居があり、右手に神楽殿が見える。参道を進んで拝殿手前左手に手水舎がある。


拝殿の右手奥には境内社の阿那稲荷神社が鎮座し、さらに右奥に進むと別の社殿と八百萬神社・大國主恵比須神社・天王白龍辨財天社の祠が並ぶ。またその横には「一粒萬倍の泉」という御神水があり、お金を洗うと万倍になると言われる。


御朱印は拝殿左手にある社務所の玄関を少し入ったところに窓口があるのでそこで御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。なお品川神社は東京十社の一つに数えられるが、東海七福神めぐり発祥の碑もあり、当社には大黒天が祀られている。



2018/10/03

品川貴船神社

品川区西品川にある神社。和銅二年(709年)藤原伊勢人の勧請により創建。古くから貴布裲大明神と称し水神として崇められていたが、享和三年(1803年)に貴船神社と改められた。


御祭神は高龗大神と素盞嗚尊で、社殿は昭和二十年(1945年)に戦災により焼失したが、昭和四十二年に西品川氏子六地區の崇敬奉賛の熱意により再建された。荏原神社の旧鎮座地に鎮座しており、同社の元宮と言われている。


今回は自転車にてお詣りをしたが、徒歩の場合はJR大崎駅が最寄り駅となる。住宅街の中にあって少しわかりにくいが南側の表参道以外からも境内に入ることができる。区立の西品川保育園が見えたらその先に鳥居が見える。


鳥居の脇には大きな布袋像が置かれていて、そのまま参道を進むと二ノ鳥居。その先の左手に手水舎がある。手前の左手には神楽殿があって正面が拝殿となる。また社殿の左側には境内社として満潮宮・三ッ木稲荷神社・大山祇社の合祀殿が鎮座する。


さらに境内には居木橋村と品川宿枝郷三ツ木との境にあった「文政11年銘道標」がある。これは居木村代々の名主であった松原氏が造立したもので品川区指定史跡となっている。


なお御朱印は社務所で拝受できる。書き置きのみでインターホンで呼び出し御朱印帳を渡すと貼り付けしていただけるが、貼付けをせずに袋に入れて受けることも可能。初穂料は300円だった。